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世界の中心

世界の中心はどこなのか
映画「世界の中心で、愛をさけぶ」をみました。
個人的には、とてもつまらなかったです。
でも、yahooやgooで感想を書いている人は、とても面白かったという人が多い。同じ映画でこれだけ関そうが違うのは、とても面白いことだと思います。
gooの映画情報で、映画の案内を読んでいて、律子は原作では登場しないとのことなので、私が唯一映画で面白かったのが律子の存在だったから、原作はもっとつまらないのかと思いました。
まあ、読んでもないものを適当に書くのはやめておきましょう。

で、世界の中心はどこなんでしょう。
地球は丸いから、どこも中心には違いないけど、南極と北極は、自転の中心だから、そこなのかな。
でも、世界とは、地球のことではないのよね。自分の世界の中心は自分である。ということが確かなことでしょうけど。
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2004.05.29 01:39 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

2000なんです

カウンターが、2000になりました。
もはや、21世紀な感じです。
一昔前には、カウンターが気になっていたけど、今ではあまり気にならなくなりました。
これもまた一つの成長でしょうか。
というよりも、ホームページ作りがちょっと飽きた感じです。まあ、それもまたよし。
朝日新聞を読んでいたら、最近の雑誌は、政治なんかよりも、自己実現とかそういった話の方が受けるらしいです。
なんせ、日本人は内向き傾向が強くなっているという。なんか島国って感じです。
まあ、内向きと外向きはだいたい同時に起こったりもします。まあ、日本軍じゃなくて自衛隊もイラクへ行ったことですしね。
そのうち、だれかが、内なる自分を外へ連れて行ってくれるという願望を持つようになります。それが、誰なのかは私は知りませんが。



2004.05.27 00:10 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

起立して君が代を歌いましょう

天皇と皇太子の仲が悪いらしい。
雑誌の中刷り広告によるとそういうことらしい。
親子の仲が悪いのは、わりと世の中にはよくあることだ。だから、親子は仲良くしましょう、という道徳がある。
親子が仲がよくないことがあるから、そういう道徳が必要なのである。

そんな、「君」の世界、であるが、東京都教育委員会は、「君」が代を歌わない生徒が多い学校の先生を指導するらしい。まあ、東京都がやりそうなことではある。生徒には強制しないと言いながら、先生に責任をとらせるのである。まあ、そうしなければ君が代を歌わないほど、日本では君が代の地位は低い。だから、わざわざ法律を作らねばならなかった。

まあ、国家国旗法が制定された背景に、広島の校長先生が、教師の反対で国歌や国旗を指示できなくて、責任を感じて自殺したからだといわれている。
法律ができて、校長先生が自殺しなくてもいい世の中は、生徒や先生にとってあまりよくない世の中なのでした。



2004.05.26 02:15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

パソコン

新しいパソコンを購入。
ボーナスを見越しての決断である。

中古で、2.4メガヘルツのCPUが入って、6万程度、パソコンって安くなったと思う。液晶ディスプレイも購入。テレビも見られるので、いままで、パソコンのディスプレイとテレビが同居していたのが一台ですむ。スリム化である。それで、いままでのパソコンで使ってたウインドウズXPのプロフェッショナルなるものを、新しいパソコン(win2000が入っていた)にインストゥール、メーカのホームページで必要なドライバーをダウンロード、などなどをしていて時間がかかった。
WINXPは、ほかのパソコンにインストールできないと聞いていたが、特に問題なくマイクロソフトにオンラインで登録できた。なぜだろう。



2004.05.24 20:54 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

故郷

五木寛之が故郷について語る言葉は、複雑な思いがにじんでいる。彼がいうには、自分の故郷は朝鮮半島の風景であるということである。
戦時中、植民地の朝鮮で少年時代を過ごしたからである。ちょうど、平壌に住んでいたらしく、戦後、ソ連の捕虜になったということである。
平壌の風景に彼は懐かしさを覚えているのであるが、今や北朝鮮である。簡単に、懐かしさを味わうために、ひょいっと行ける場所ではなくなってしまった。
しかも、当時植民地を支配する側の人間として少年時代を過ごした。彼が言うには、自分は軍国少年であったらしいから、敗戦後、朝鮮半島に対する感情は複雑なんだろう。

そんな、朝鮮半島から何人かが「奪還」されてきた。もう、20歳前後の大人たちである。かれらにとって、良いか悪いかは別にして、北朝鮮が故郷である。日本は決して故郷ではない。北朝鮮を故郷に持つ「日本人」は、これからどう日本で暮らしていくのだろうか。



2004.05.23 23:38 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

健康診断

職場の健康診断の結果が思わしくない。
なんと、尿酸値が高いのである。
尿酸値が高いと何が問題かというと、痛風かもしれないとのことである。
痛風とは、風に当たっても痛いと言われる、痛みにおさわれる病気である。
親指の付け根とか、膝の関節とかが痛くなるらしい。そんな、結果を見ていると、親指の関節が痛いような気もしてくるし、膝も痛いような気がしてくる。これまで、あまり気ならなかったのに。
人間の体とは不思議なものである。



2004.05.22 02:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

最近の出来事

久しぶりに日記を書いてみる。
最近、ちょっと疲れ気味なのである。

ニュースでは、年金問題が騒がしい。結構、みんなどうでもよいことという感じである。
一つわかったことは、国会議員個々人にとって、国民年金がもらえてももらえなくても老後の生活設計には関係なかったということであった。国会議員はたいていお金持ちなのである。まあ、お金持ちだから天下国家が論じられるというのは確かなことだとは思う。でも、そんな政治家から、庶民感覚や主婦という立場、という言葉は聞きたくないというのが私の意見である。
国会議員というのは、もはやただの仕事、職業である。それは、豊かになって、国民が政治に関心がなくなって、自分の幸せは、国家なんかよりも、家内安全や、自分の仕事、なんかに求める、日本の状況を見れば仕方がないところである。。まあ、それは多くの人にとっては幸せな世界である。
でも、未だに国家に制度を求めなければならない人たちもいて、富をもたない高齢者、生活するために制度が必要な障害者であったり、日本で働かざるを得ない外国人であってり、国家の制度化上結婚できない同性愛者であったり、いろいろな人がいる。彼らにとって、国家が新たな制度を作らなければ、決して日本で幸せな日々はこないのである。立法府である国会の議員は、未だ必要なのである。



2004.05.19 20:03 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

六本木ヒルズには何かいる

先日、渋谷から歩いていると、とおくに六本木ヒルズが見えた。なにか、近未来的な形のビルが光っていて、美しい感じだ。
ご存じのように、六本木ヒルズの回転ドアで子どもが死んでいる。人が死ぬというのは悲しいことである。

昔、人は、川に流されたり、山で道に迷ったりして死んだ。もちろん、戦争もあったから人に殺されたこともあっただろう。でも、事故というのは、自然の中で起こることが多かったと思う。
だから、川には河童がいて人の足を引っ張るし、雪の日には雪女や雪男、山には山姥、海には海坊主、そんな奴らがいて人を殺していた。
今でも、交通事故が多い急カーブには、手招きをする女の人がいたり、中央線のホームには、人をおびき寄せる何かがいる。
きっと、六本木ヒルズにも何かがいるようになる。自然が、機械に変わったとしても。



2004.05.16 00:00 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

東京という街

今日は、渋谷で映画「エレファント」をみて、とぼとぼと、日本橋まで歩こうと、夕刻の道を歩いていました。別に、日本橋という地名に意味があるわけではありません。ただ、なんとなく歩きたかったからです。
歩いて、途中のドトールで休憩、そのうちに、暗くなって、雨が降っててきたので、傘がない私は、永田町駅で地下鉄に乗って帰ってきたのでした。
東京という街は、ごちゃごちゃして人が多いけど、私は好きです。
ネオンが輝いていて、所々高層ビルが建っている。まあ、光の数だけ仕事があり、それで、東京はなりたっている。だからといって、ビジネスマンだけがいるわけでなく、学生やアルバイトの若者、買い物帰りの老人や、ホームレスまで巻き込んでいる。
決して、いい環境ではない東京ではあるけれども、東京という街はとてもいい、と思うのです。

まあ、地方の都市も好きなんですけどね。
仙台とか、鹿児島とか、名古屋とか、那覇とか、一般には、小東京化していて個性がないといわれますけど、それは、きちんと街を見ていないだけで、よくみれば、雰囲気を感じれば、それぞれの街は個性がありますよね。

まあ、今日はそんなところで。



2004.05.13 21:52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

あなたもやめれば

テレビのワイドショーをみていたら、日本の皇太子が切れたらしい。
異例の記者会見をやって、宮内庁を批判したとのことである。
菊のカーテンなんていわれるように、日本の皇室というのは、秘密のベールで包まれている。
カーテンの向こうでは、何か、エッチなこととかしているのかもしれない。そんな感じである。

皇太子は、妻の雅子さんのことを心配しているらしい。こんなに具合が悪くなったのは
、宮内庁あなた方のせいだと。
昭和の天皇や今の天皇は戦前の反省のため、発言は、控えめである。自らの発言が社会的影響力を持つことをよく知っているからだろうし、自分たちの立場というものに対して、謙虚であることを心がけている感じである。それにより、自分たちの立場を守り、象徴天皇制を守ってきた。それは、天皇が政治的存在として祭り上げられることを避けるための賢い選択であった。

天皇というのは、日本の呪縛である。国民は天皇に呪縛され、象徴天皇後は国民に天皇が呪縛される。天皇は日本という歴史を体現させられている存在なのだから。
天皇や王室を持つ国は、それによって国民をまとめる役割を行ってきた。人間宣言後の昭和天皇が、各地を寅さんみたいに旅していたのも、戦争によって破壊された日本という国を一つにまとめるためであったのだろう。天皇を仕事としてとらえれば、とてもしんどい仕事である。
皇太子は、雅子さんを皇室に引き込んだことに、後ろめたさがあるのかもしれない。また、結婚するに当たって、皇室外交をすることを約束の一つにあげたのかもしれない。
しかし、天皇もセックスをし、子ども、それも男児を産ませなければいけない。そのために結婚が必要であったのも確かだろう。
もう、天皇制なんて辞めてしまえばいいと思うのだが、世の中そうはいかないのが現実。
なにしろ、呪縛なのだから。



2004.05.13 01:01 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

虐待をしましょう

米軍が、イラク人を虐待しているらしい。

それも、虐待しているところで記念撮影しているらしい。虐待は、とてもよいことですとでも言いたげである。
でも、その国の大統領は、嫌悪感をおぼえたらしい。

女性兵士が、にっこり笑って、全裸のイラク人兵士と一緒に写っている写真を見ると、男性兵士のそれより嫌悪感を覚えるのは、女性差別かもしれない。女性も、虐待はするものである。

記念撮影は、何のためのものなのか?
これに、組織的な関与の証拠とみることもできる。上官に報告するために写真を撮ったとか。

大東亜戦争と日本が勝手に呼んでいる戦争で、中国人を日本刀で切る写真があった。はっきりと覚えてはいないが、首が落ちているような写真。刀の試し切りとか何とか説明書きがあったような。まあ、日本を愛する人たちはあの写真は偽物といっていたけど。
その写真は、誰が撮ったのだろう?
その場に居合わせたジャーナリストか、日本の従軍記者か。それとも、記念写真だったのか。
記念写真だったのかもしれない。正義は楽しい。戦争もまた楽しい。それが、自分の意志でなく、上官から命令されただけの戦争であるならば。自分や自分の愛するものが死なない限りは。



2004.05.12 13:27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

みんなやめましょう

国会議員の年金未納問題は、大きな展開を見せ自民党の官房長官福田は、辞めることとなった。福田にとっては、ちょうどいい潮時であったろう。国家議員はみんなやっていることだし、秘書給与問題みたいに裁判にかかることもない。年金の未納は、罪ではないのだ。
長く官房長官という職に疲れた彼にとっては、ちょうどいい時期、そんな表情をしていた。これからは、記者会見をする必要もない。バカな雑誌記者や新聞記者を相手に、怒ったふりをする必要もない。テレビカメラの前で好感度をあげる必要もない。自由なのだ。
一方、管は、まさか自分が辞めるとは思ってもみなかった。まさか、自民党が官房長官の首を切るなんて思ってもみなかった。なんとなく、自分が責任をとらねばいけない雰囲気が、仲間内で漂う。武蔵野市役所の人が悪いのに、なんでこうなるんだろう。
それが、政治というものなんだ。
菅原道真を思い出した。
時の政府との対立が、彼を太宰府に左遷させ、そして、不幸の死のすえ、復讐を果たす。そして、神様として恐れられ祀られ。
政治とはそういう物なのだ。



2004.05.10 23:34 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

信仰ということ

今日も箱根ネタ。


箱根に行って考えてきたことの一つは、信仰ということ。

箱根の観光地の一つに、六道地蔵というものがあります。旧箱根から国道沿いに歩いていくと、精進池があり、その近くにある、大きな地蔵さんを六道地蔵と呼んでいます。その周辺には、石仏や石塔群があります。そこにある説明書きには、昔、箱根は地獄であったとあり箱根周辺に地獄の風景を思い浮かべたとあります。
きっと、急な坂道を歩いてきて、苦しい思いをしてたどり着くのが、箱根であったのでしょう。
きっと、箱根の街道沿いで、力尽きるひとがいたのかもしれません。江戸時代に街道と宿場などが整備されれば、そんな人も減ったのかもしれませんが、それ以前、街道が整備される前の箱根越えは、江戸時代とは違った苦労があったに違いありません。
精進湖は、江戸以前の街道沿いにある場所で、山の中の道を歩いてきて、ふと開ける場所であったのだと思います。
実際に行ってみると、観光客も少なく、静かな池です。周囲は高い山々に囲まれていて、それがとても寂しい感じです。今では、国道が通じているので、道がある分開けた感じがしますが、道がないと考えると、もっと静かな森の中にあったのでしょう。
地蔵菩薩は、賽の河原にいる子どもの死者を救ってくれる菩薩です。たとえ人が地獄に落ちたとしても、救ってくれる仏さんがいること、それは、地獄が信じられた時代には、大きな救いであったと思います。地獄のような場所に、地蔵を立てる、それにお祈りして、旅の途中死んだとしても、そして、地獄に落ちたとしても、救われる、それは旅人たちにとって心強いものだったのではないでしょうか。


そして、もう一つ箱根で思った信仰は新興宗教について。

旧東海道を歩いたことは先日書きましたが、その途中に、きらびやかな、お寺風の建物があります。門は固く閉ざされていて、塀には、ばらせん
がはってありました。その建物の隣には、駐車場があって、車の出入りはなさそうでしたが、警備員が3人ほど怖い顔をして立っていました。
そして、それとは別の場所に、山の中に鳥居が立っていてこれまたきらびやかな神社風の建物が見えました。そして、もうしばらく歩くと、高い塀に囲まれたスペースがあって、中では、なにやらお祭りをしているようで、スピーカーから、「唐揚げが揚がりました」とか声が聞こえてきました。
どうやら、それらは、新興宗教関係の建物やお祭りらしいです。
固く守られた壁は、その宗教団体がその地域に置かれている立場を表しています。高級保養地にふさわしくないとでも言いたげです。まあ、歴史的に見れば、新興宗教は常に弾圧されています。鎌倉新仏教も、明治に入ってからの天理教、大本教なんかもそうです。新興宗教は、在来の宗教が権力と結びつくにあたって、保護されなくなった人々、(民衆とでもいいましょうか)のよりどころとなっていたことは確かでしょう。だから、当時の政治権力との軋轢を生む。
その新宗教の高い壁を見ていると、様々な軋轢を生んでいるのがわかります。
新興宗教を信じる人々と信じないでも生きていける人々の壁というのは、相当高いのです。
でも、いいか悪いかは別にして、新興宗教によって、救われている人がいるのも事実なんでしょう(逆に苦しめられている人がいるにしても)、オウム事件が徐々に過去になる今、彼らとどうしていくのか、私にはいい考えはありませんが。



2004.05.09 21:51 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

人のすること

箱根を旅行してきました。
東京から割と近いので、これまで家族旅行でした行かなかったのですが、このたび一人旅をしてきました。

メインは、箱根八里体験。箱根湯本から芦ノ湖まで約八キロの旧東海道を歩くというものです。旧東海道は、鉄道の東海道本線が開通後は、実用的な意味は失われてしまったようですが、近年観光地としての整備が進んで、石畳の道がかなりの部分復元されています。でも、県道や箱根バイパスなどによって、破壊された部分も多く、完全な形では残っていません。そのため、途中県道を歩いたりもしますが、江戸時代の人がどんな感じで歩いていたのかを想像しながらの旅です。

江戸時代に整備された、石畳の造営の苦労も忍ばれますが、隣を走る県道やバイパスの工事も忍ばれます。。ひとがすることは、いつの世もすごいものだと思います。森を切り開き、石を運び、敷き詰める。現代では、道路工事によって、自然破壊と呼ばれていますが、江戸時代から続いてきた流れに違いありません。もっと、便利に、もっと速く。

江戸時代は、必ずしも便利さばかりをもとめていたわけでなく、箱根八里には、軍事上の役目もあり、関所では、取り調べによる渋滞もあったようなので、一般人にとっての便宜はあまりはかられていない部分もあるのでしょう。でも、江戸と大坂・京都という、今日同様の大動脈であり、何十万、何百万人の人々が歩いた、石畳は、なにか感慨深い場所であります。飛脚は、ぴょんぴょんと、登っていったことでしょう。

さすがに、芦ノ湖では足が棒になってしまいましたが、江戸の人たちは、小田原を朝出て、芦ノ湖付近で昼食、その後、三島の宿で泊まるというのが平均的な道程だったとのことで、彼らの脚力には、負けますね、現代人は。



2004.05.08 18:45 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

旅すればPHS

こんばんは
仕事が休みなので、旅をしてます。
私の携帯電話は、PHSなので、田舎に行って、圏外と表示されると、遠くへきたなあ、と思うことができます。
でも、たいがいの観光地では、電波は届くのでまあ、泊まったホテルが圏外でもない限りは、困ることはあまりないのです。

きっと、これは不便なことなのでしょうが、仕事の電話がかかってくることは少ないので、これといって不便なこともなく、電波が示す田舎度をみて満足するのです。

これは、海の上でも山の中でも使える携帯ユーザーにはわからない楽しみ方です。もっと、DDIポケットはこうした楽しみ方を宣伝すべきだと思いますよ。


ところで、いつになったらDDIポケットはKDDIポケットになるのだろう。第3世代携帯は、データ通信が得意だから、PHSの利点はなくなってしまうのは時間の問題のようです。
きっと、PHS業界は先細りですね。

そういえば、DDIポケットの今度の新発売の電話は、ウェブブラウザにオペラを採用とか。たまに、進化はしている。だけど、新機種の発売が年2・3回、「新機種の買い換えに競争に疲れている携帯ユーザーには、安らぎのPHSを」ってかんじかな。



2004.05.08 02:10 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

眠い

世間では、ゴールデンウィークは終わったけど、私にとっては、これからがお休みなのでゴールデンウィークなんです。
ゴールドとは大げさなので、シルバーウィークとでも申しておきましょう。

ところが、最近つとに眠い。
春眠暁をおぼえず、ということなのか、仕事のせいか、それとも、ついついlogばかり見てしまうか、
とにかく眠いのである。もう、老化が始まっているのか、それとも、躁鬱なのか、ともかく眠いのである。
眠ければ眠ればいいのだけれども、眠っても眠いのであるから問題である。
一生眠って暮らしたいぐらいだけれども、そうも言ってられません。

なにしろ、眠っていると何か無駄にしているような気がするから。
世の中にはもっと楽しいことがあるよって。
その通りなんだけど、眠いのである。



2004.05.06 19:33 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

烏賊さん

私の好きな魚介類の一つは、イカである。
イカとは、刺身で出てくると白くてぬるぬるとしているもの、またあの足の多いやつである。
とはいっても、どこのイカがおいしいとかはよくわからない。
スーパーのイカがおいしいと思うときもあれば、夢庵のイカの刺身がおいしいと思うこともある、函館でイカそうめんを食べてもおいしいと思うのである。そんなイカたちが、一堂に会すればどのイカがおいしいか見当がつくのだろうが、そんな手間はかけられない。

イカといえば、イカさまという言葉を思い出す。でも、ATOKで変換すると「如何様」となる。イカとは関係ないのかと考えて、googleで検索してみると、関係あった。
イカスミで書いた墨書は、一年もたてば消えるので、いかさま、という言葉がインチキや詐欺と同意になったとか。でも、その説は、俗説でそれこそ「如何様」、ということらしい。本来は「如何様」という言葉は、“どのよう”と状態・方法など
について疑問の意を表す言葉らしいので、烏賊とはあまり関係がないらしい。
調べたホームページによると、
烏賊についてのことわざは、「イカともタコとも知れぬ」などいろいろあるらしい。
イカを漢字で烏賊と書くのは、烏賊は自分の体よりも大きな獲物、
水鳥をおそうことがあるので、「烏賊」「鳥」をおそう「賊」ということらしい。

なぜ、烏賊の話などしたかというと、話題がなく、今日イカを食べたからである。
まあ、イカのように生きよ!ぐらいは言っておいてもいいだろう。

参考HP
USJ豆知識魚ことわざ
http://umaipan.hp.infoseek.co.jp/usj-mame-kotowaza.html
烏賊と電脳のホームページ
http://www.d1.dion.ne.jp/~osa_uno/japanese/squid/variety/variety04.html



2004.05.04 23:15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ぼのぼの

私は、ぼのぼの、という漫画が大好きです。
先頃、遅れること3ヶ月ほどで、最新刊24巻を手に入れる。
特に、発売日をチェックしていないから、いつ発売するか知らないのでいつも手に入れるのが遅れる。
そして読む。
ぼのぼの、のおもしろさはなんなんだろう。
それは、ものの見方だと思う。
森の動物たちは、みんな自分の価値や気まぐれで生きている。
24巻の目玉は、アライグマくんの「物ははじめからゴミなんだ」という決めぜりふです。物は、最初からゴミなんだ。そう、その通り!、と感動するわけです。
どうせ世の中、ゴミだらけ。
このホームページもゴミみたいなものだし、ゴミああ、ゴミ、ってかんじです。



2004.05.02 23:17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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