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信仰ということ

今日も箱根ネタ。


箱根に行って考えてきたことの一つは、信仰ということ。

箱根の観光地の一つに、六道地蔵というものがあります。旧箱根から国道沿いに歩いていくと、精進池があり、その近くにある、大きな地蔵さんを六道地蔵と呼んでいます。その周辺には、石仏や石塔群があります。そこにある説明書きには、昔、箱根は地獄であったとあり箱根周辺に地獄の風景を思い浮かべたとあります。
きっと、急な坂道を歩いてきて、苦しい思いをしてたどり着くのが、箱根であったのでしょう。
きっと、箱根の街道沿いで、力尽きるひとがいたのかもしれません。江戸時代に街道と宿場などが整備されれば、そんな人も減ったのかもしれませんが、それ以前、街道が整備される前の箱根越えは、江戸時代とは違った苦労があったに違いありません。
精進湖は、江戸以前の街道沿いにある場所で、山の中の道を歩いてきて、ふと開ける場所であったのだと思います。
実際に行ってみると、観光客も少なく、静かな池です。周囲は高い山々に囲まれていて、それがとても寂しい感じです。今では、国道が通じているので、道がある分開けた感じがしますが、道がないと考えると、もっと静かな森の中にあったのでしょう。
地蔵菩薩は、賽の河原にいる子どもの死者を救ってくれる菩薩です。たとえ人が地獄に落ちたとしても、救ってくれる仏さんがいること、それは、地獄が信じられた時代には、大きな救いであったと思います。地獄のような場所に、地蔵を立てる、それにお祈りして、旅の途中死んだとしても、そして、地獄に落ちたとしても、救われる、それは旅人たちにとって心強いものだったのではないでしょうか。


そして、もう一つ箱根で思った信仰は新興宗教について。

旧東海道を歩いたことは先日書きましたが、その途中に、きらびやかな、お寺風の建物があります。門は固く閉ざされていて、塀には、ばらせん
がはってありました。その建物の隣には、駐車場があって、車の出入りはなさそうでしたが、警備員が3人ほど怖い顔をして立っていました。
そして、それとは別の場所に、山の中に鳥居が立っていてこれまたきらびやかな神社風の建物が見えました。そして、もうしばらく歩くと、高い塀に囲まれたスペースがあって、中では、なにやらお祭りをしているようで、スピーカーから、「唐揚げが揚がりました」とか声が聞こえてきました。
どうやら、それらは、新興宗教関係の建物やお祭りらしいです。
固く守られた壁は、その宗教団体がその地域に置かれている立場を表しています。高級保養地にふさわしくないとでも言いたげです。まあ、歴史的に見れば、新興宗教は常に弾圧されています。鎌倉新仏教も、明治に入ってからの天理教、大本教なんかもそうです。新興宗教は、在来の宗教が権力と結びつくにあたって、保護されなくなった人々、(民衆とでもいいましょうか)のよりどころとなっていたことは確かでしょう。だから、当時の政治権力との軋轢を生む。
その新宗教の高い壁を見ていると、様々な軋轢を生んでいるのがわかります。
新興宗教を信じる人々と信じないでも生きていける人々の壁というのは、相当高いのです。
でも、いいか悪いかは別にして、新興宗教によって、救われている人がいるのも事実なんでしょう(逆に苦しめられている人がいるにしても)、オウム事件が徐々に過去になる今、彼らとどうしていくのか、私にはいい考えはありませんが。
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2004.05.09 21:51 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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