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もう6月も終わり

もう、6月も終わり。
月末にはボーナスが出ます。
サラリーマンやって何がよかったとえば、ボーナスが出ることぐらいしかありません。
生活給ではないお金ですからね。
このところの不況で、金額は減りましたが、まあ、なくては困るものです。

今日は、お休みだったので渋谷まで映画を見に行きました。
渋谷は、いつ行っても人がたくさんいるのですが、比較的好きな街です。一つ大きな道から外れれば、ごちゃごちゃした路地がある所なんかがいいのか、はたまた、坂が多い坂の街だからいいのか。坂の街といえば、尾道とか、長崎とかですからね。趣がある感じです。
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2004.06.30 00:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

印鑑

銀行印をなくした。
狭い家中を探しても、みつからなかった。
そんなときに限って、銀行印を使わねばいけない手続きがあった。
そんなわけで、銀行に電話して、銀行印の紛失の手続きをとった。
そして、近くの印鑑屋へ行って、印鑑を注文した。印鑑屋が、象牙をすすめるので、人生に印鑑を作る機会もあまりないから、象牙にした。

家に帰ってきて、よけいな出費だったなと思いながら、洗濯をした。
洗濯機の中に、印鑑が落ちていた。
その印鑑は、ズボンのポケットから落ちたのだった。
井上陽水の歌が頭の中を駆けめぐった。
それより僕と踊りませんかあ、である。
まあ、いい。

ちなみに、新しい印鑑は、名字でなく名前で作った。結婚して名字が変わっても、名前が変わることは人生でまずない。一つの進歩である。



2004.06.29 01:28 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

日本を愛する心だってさ

前回の続き。

日本を愛せるかどうかは、その人々が、日本という社会や文化でどう生きているかということなんだろう。
つまり、日本から受け入れられているかどうかという点が、日本を愛せるかどうかというポイントであって、それを教育という現場で教えるとなると、先生が生徒に対して何か教えるから得られるのではなくて、大人が子どもを受け入れられるかというのが問題となってくる。

だから、憲法や教育基本法に明記すること自体意味がない。
日本を愛するということは、結果なのだ。出会いがあって、愛し愛され、いずれは、別れがある。愛とはそんなもの。
だから、教育基本法や憲法には必要ないのだ。国や教育機関の目標とするにはいいのかもしれないけれども。

今までは、日本は経済政策や年金政策などで、国民の所得を均一化させ、国民をある程度満足させ、日本人としての一体感を維持してきた。でも、財政も悪いから、社会保障費の削減なんかして、国民の面倒をみれないから、安易に国を愛してもらおうと憲法とかに、国を愛せよとか書きたいんだろうね。

でも、今までの「均一的」な日本社会だって、日本に帰属意識をもてない日本人は多かったし、まあ、在日外国人なんかは、日本を愛せない人は多いだろうし。そして、文化としてみれば、日本を愛せない故に、アンチ日本社会としての日本文化も存在するんだろう。それが、右翼や左翼、新興宗教だったりする。

国を愛するということは、読売新聞が思っていいるほど容易ではないのであった。



2004.06.27 20:24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

日本を愛する心だって

ちょっと前の話になるが、読売新聞の社説に、教育基本法や憲法に「日本を愛する心」をなぜ謳ってはいけないの、ぷんぷん、という感じに書いてあった。

ふむふむと読んだ。

きっと、日本=日本文化や日本風土を愛することは必要なんだろう。でも、大新聞社がいう日本文化は、「伝統の」巨人軍とか、その程度の文化でしかないような気がした。

日本文化や風土というのは、単一民族が強調されるほど単純ではない。むしろ、複雑である。
皇族や武家の家庭に生まれれば、社会階層はよいわけだから、比較的裕福に、暮らして、日本文化を謳歌できて、日本文化はすばらしいよん、といえるけど、いわゆる部落の家庭に生まれたら、日本文化を愛してます、なんて単純にいえるものだろうか。

それに、歌舞伎や能、茶道、神社仏閣なんかが日本文化と思えるけど、村社会での夜ばいの風習や、村八分なんかも誇るべき日本文化の一役を担っているし、ジャパニメーションが世界的に評価されていても、その文化を下支えしているのが、エロアニメだったり、それを買って夜な夜な楽しんでいる男たちだったりもするのです。

まあ、そんな日本文化はすばらしいのですが、その社説を読みながら、かっこよくない都合が悪いものも「日本文化」なんだけどなあ、と思ったのであります。



2004.06.26 01:07 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

おきなわ

映画「深呼吸の必要」はおもしろかった。
都会に住む人たちが、色々な理由があって沖縄のサトウキビ畑の短期のアルバイトをおこなう。それだけの話である。
それだけの話にしたことが、この話のおもしろさなんだと思う。

今年の2月に沖縄へ行ってきたのだけれども、風土はやはり本土とは違う。琉球王国の歴史をもつ島なのだ。
沖縄へ行くには船がおすすめである。私は、東京から熊本まで寝台特急で行って、そこから鹿児島まで出て、鹿児島から那覇までフェリーで行った。まる二日間の距離である。
鹿児島からフェリーだけでも一日かかる。フェリーは途中、奄美大島や徳之島、沖永良部島、与論島など各島に寄港していく。だから、沖縄と本州が島によって結ばれていることが分かるのである。
沖縄の向こう側には、台湾や東南アジアの国々があるのである。海というのは、人を閉ざすのか、結びつけるのか、不思議なものである。



2004.06.25 01:42 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ショックな出来ごと

今日、某アットマークニフティのHPの占いで、点数が90点だった。
そして、女性からとびきり高級なプレゼントをもらうが、断るようにとあった。
でも、そんな出来事はなかった。
そして、家に帰ってくると、冷蔵庫が光っていた。あっと思ったときにはもう遅い。
冷蔵庫の戸が開いていたのだった。外出時間は12時間。
あわてて閉めてみたものの、買いだめした、肉や魚は暖まっている。牛乳とヨーグルトは試食してみて大丈夫そうでほっとした。
結構なショックである。そして、冷蔵庫に頼り切っている、私。そうだ、冷蔵庫なんてものがあるから、こんなにもショックを受けるのだ。買いだめをしてしまうのだ。
冷蔵庫のバカやろう!



2004.06.24 00:50 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

抜糸

糸を抜くと書いて、抜糸である。
足を縫ったところの、糸を抜いてもらう。
ピンセットで糸を挟み、ちょこっと引いて、はさみでぱちんと切る。
そうして、糸を引いて、糸を抜くのである。
糸を抜いて、フランケンシュタインのごとくなっている、足の傷を見る。
やっと、病院通いから解放されたのであった。



2004.06.23 03:34 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

幸福の科学

この前、駅前を歩いていたら、横断幕を持った集団がいた。
横断幕には、「自殺をやめよう」とか何とか書いてあった。何の団体かと思ったら、幸福の科学であった。
あの本や映画で一儲けしている宗教団体である。彼らがいうには、人間には決められた寿命があり、自殺をしたところで魂はその寿命まで死なないそうである。そして、魂は「あれ、死んでない」と思って、何度も自殺を繰り返すとのことである。
寿命があって、それまで魂が死なないというのはいいとしても、何でその後何度も自殺を繰り返すのかがよく分からないが、そういうことらしい。
皆様、ご存じの通り、日本は自殺大国である。昨年の自殺者は3万2千人だから、結構死んでいる。年間100万人ぐらいが、様々な理由でなくなっているそうだから、3パーセントぐらいが自殺によって死んでいることとなる。
まあ、幸福の科学が、自殺者減に貢献できれば、それはそれにこしたことはない。鰯の頭も信心からであり、信仰の自由もある。
すくなくとも、自殺した浅田農園の社長は幸福の科学とは出会わずに死んだ。
政府が、国歌国旗が法制化されていないから自殺した校長先生を守るために、国歌国旗を法制化して校長先生が死ななくてもいいようにしたけれども、校長先生以外の人たちには優しくはない社会なのであった。



2004.06.22 00:00 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

太陽電池で動く時計

私は、太陽電池で動く時計を使っている。
しかも、電波で時刻を合わせるのである。
特に、今問題となっているのが、電池がなくなって、充電しないと動かないことである。

そしたら、太陽に時計をかざせばいいのだけれども、どうもうまくない。まず、私はアウトドア派ではない。
数時間あてなければ、すぐに止まってしまうのである。だから、止まっている時計をして、外出して、かつ太陽を意識して充電しなければならない。
電池交換がいらないのはいいと思ったが、ソーラーパワーをためるのに苦労するとは、予想外であった。
それだったら、電池を交換したもらえばいい時計を買えばよかったと思う今日この頃であるが、もしかしたら、この不便さが今の世の中には必要かもしれないとも思うのであった。
終わり



2004.06.21 01:45 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

だって、仕事なんだもん

職場で、仕事の話をする。
まあ、当たり前のことである。
うちの職場は閉鎖的である。まあ、営業でもないのでそれは仕方ない。であるが、お客さんの関係者と遊んだりする接待がある。
まあ、学校の先生にたとえると、保護者会の旅行とかみたいなものである。まあ、学校にたとえる必要はないが。
直接、うちの商売と関係ない人との接待であるから、無駄だという人がいる。
私は、無駄というのは分かるが、でも、それで、お客さんの関係者とよい関係がもてれば、それはすなわち、お客さんとよい関係が保たれやすくなるではないか、と思う。
学校の先生にたとえれば、保護者との関係を保てれば、生徒との関係もある程度は保てる可能性は広がるというか、保護者が原因で悪化する可能性は低くなる。
でも、そんなことは無駄と思う人には、私の意見は分からない。
その仕事は無駄が多いけど、実は私たちの重要な仕事っていうことが分かっていない。
ちなみに、私の仕事は学校の先生ではないが、それに近い仕事である。
でも、教えてあげない。



2004.06.19 23:11 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

憎しみの正義

キューティーハニーという映画で、憎しみによる戦いは醜い、というようなことが述べられていた。
映画は、愛の大切さを説くのであるが、牧歌的な内容ではある。
新聞に、バクダットで自爆テロ35人死亡とある。まあ、世の中には、いろいろな正義がある。
自爆テロをする側にも、アメリカの側にも正義はあるのだけれど、憎しみを元にする戦いというのは、悲しいと言わざるを得ない。
太平洋戦争で、真珠湾攻撃という憎しみが、日本の都市をことごとく、爆撃し、広島長崎に原爆を落としたといえるのだろう。。きっと、日本人の偉いところは、アメリカに反撃できないほどボコボコにされたということや、米軍よりも、旧日本軍の方が恐ろしかったということもあるのだろうが、天皇を代表として、多くの国民がアメリカを赦したしまったことだろう。
まあ、今の若い人で、それが気に入らない人も多いのは、アメリカ軍や日本軍にボコボコにされた経験がないからに違いない。
イラクの反政府にしろアメリカにしろ、どちらかが、正義を捨てなければならない。まあ、民主主義国家を自認するアメリカが911の正義をすてればいいことではあるが。



2004.06.18 20:20 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

蚊取り線香

最近、我が家に蚊が発生。
夜うるさいので、なんとかしようと、蚊取り線香を買ってきた。
ベープマットにしようかとも思ったが、消し忘れて、何日も、つけていそうなのでやめた。
久々に蚊取り線香に火をつけて、何時間もしたら、気がつけば部屋中が、蚊取り線香の香りがしている。
外に出て、自分の服のにおいを嗅ぐと蚊取り線香だし、夜、家に帰って一歩入ると、蚊取り線香の香りなのだ。
いま、私は蚊取り線香な存在なのだった。



2004.06.16 22:04 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

犯罪者の戯言

よくニュースで、人を殺したりなんかすると、その人が過去書いたものが紹介される。
そこから、犯罪心理ってのを、読み解くのである。だから、もし、私が、人を猟奇的に殺したりなんかすると、このホームページはきっと有名になって、新聞記事に載ったりもするのだろう。
まあ、報道の自由だから、どうぞやってください、とは思うけど、はたして、犯罪者の駄文をつらねて意味があるのか、疑問である。

犯罪なんてのは、犯したくて犯すものではないし、犯罪が性癖ゆえであれ、趣味であれ、犯罪なんてのは、仕方なくやってしまうものなのだ。
まあ、そんな犯罪者たちの心が弱いのは確かだけれども。
人には人を殺す力がある以上、ときに文章にその人を殺す力がしみ出るのは自然なことだ。誰の文章でもそうだと思うのだけれどもどうなのだろうか?



2004.06.14 00:49 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

こころ

傷は、順調に癒えています。
なぜ、傷は治るのか、物質的に豊かな社会に生きていると、不思議です。
壊れた時計は、ほっておいても直らないのに、人間の傷というものは、ほっておいてもたいてい直るのです。
まあ、大きな傷は、縫えば早くきれいに治るけど、ほっておいても、たいていの傷は治ります。

心の傷なんてのもあります。
でも、一昔前は、それほど大きな傷ではありませんでした。治療が必要ともあまり思われていない傷でした。
人をナイフで傷つければ、大人の場合はたいてい警察のご用になりますが、心の傷は、たいてい警察は必要ではありません。せいぜい、名誉毀損で裁判を起こすぐらい、たいていは民事です。
佐世保の小学校で、児童や先生の心のケアが叫ばれています。
それは、それでいいのですが、人の死を前に、ケアが必要とするのも今の日本だからでしょう。
もし、イラクであれ戦争している土地であれば、死は日常です。病院がなければ、人の死は、家で起きていることです。
社会学で、死のポルノグラフィー化という言葉がありますが、現在社会では結果として、死は隠蔽されます。
その結果、悲惨な死を目の当たりにすると、よりいっそう、人の心は傷つく、ことになります。
その結果として、心のケアという言葉があります。
人は死ぬということ、一つ教えるのも大変な社会になりました。



2004.06.12 13:31 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

さま、さま、さま

今月から、読む新聞が読売になった。
社会面には、皇太子「さま」の記事。
なぜ、「さま」なのか。「様」では、仰々しいから、「さん」っぽい「さま」なのか。

よく言われることだけど、美智子「さま」結婚当時、美智子「さん」と報道されていたらしい。当時は、初めての民間人が皇室にはいるということで、親しみを込めて、それがよかったのだ。
でも、雅子「さま」結婚時には、「さま」になっていた。雅子さんはきっと、「さま」なんてつけてほしくないに違いない。
「さま」って「いかさま」みたいだから、「さん」にしましょう、そうしましょう。



2004.06.10 02:03 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

怪我3

人間というのは面白いもので、自分が苦しい思いをしていると、世の中のことなどどうでもいいのであった。
とはいっても、今の足の怪我ぐらいはたいしたことではないけど、足の痛みを感じながら歩いているとき、脳みその半分以上は、足の痛みについて考えている。
私は、ぜんそく持ちなので、ぜんそくになったときは、呼吸をすることを考えている。別に、イラクの戦争なんてどうでもよくなるのだった。

宗教で、よく断食等々の激しい修行をして、トリップ状態になるといわれているけど、あれは、きっと苦しくて、自分のことしか考えていない状態なのだ。
人は常々、自分と社会との接点の中にいる。社会的な自分を考える。その社会が抜け落ちて、自分のことしか考えなくなると、きっと、すごいのだ。
私なんぞは、きっと中途半端で、ぜんそくの時食料を買いにスーパーへ行くと、苦しいながらも普通のふりができる。まだまだ、修行が足りないのだった。



2004.06.08 23:41 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

怪我2

歩くと痛い怪我である。
病院で、消毒1分。
300円。



2004.06.08 01:44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

怪我

私は、不注意によりコップを踏んでしまい、あっ、と思ったときには、コップが割れ、足を怪我してしまった。血が出てくるので、仕方なく病院へ行き縫ってもらう。
レントゲンなども撮られて、合計5000円のお支払い。3割負担なので、実質的な治療費は1万6千円ほどかかったことになる。
結構な額である。まあ、怪我してしまったものは仕方がない。明日から完治する2週間後まで不便な日々である。歩くと少々足が痛いのである。お風呂も濡らさないようにしなければならないし、まあ、面倒だ。
だいたい、人間が2足歩行しなければ、もっと楽なのに、と思う今日であった。



2004.06.06 22:44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

バトルロワイヤル

あの少女は、人が死ぬということをどう考えたのか。
ファルージャでは、米軍の攻撃で何人死んだのか、正確な数字は思い出せないけど、相当数死んでいる。でも、我々は、殺した兵士やブッシュ大統領に対して、その人たちの人生を奪っただの、そいつら兵士に生きる資格がないだのと言わない。それは、戦争がきわめて合法的な殺人だからである。
そんなニュースを毎日見せられている少女。
多くの日本人は、まあ、戦争はよくないとは思っても、それが米軍を支持している自民党や公明党政権を倒すような選挙行動に結びついているわけでもないし、デモに参加するわけでもない。むしろ結果としては、自衛隊を派遣してイラク戦争を支持している。
そして、ブッシュさんが、イラクを攻撃するのは、アメリカ人をいじめた、アルカイーダと結びつけて仕方ないとか何とか、いうのである。
バトルロワイヤルという作品は、人殺しの合法化というファンタジーのなかで成立している。ある人は、バトルロワイヤルという幻想と現実社会との区別がつかないというだろう。
でも、単純に言ってしまえば、人殺しの合法化という戦争を我々は日常的にニュースで見ている。それはイラクで、多くの12歳ぐらいの少女が死んでいるのも現実なんである。
まあ、人の命というのは不平等なもんである。



2004.06.05 23:56 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

インターネットは犯罪を助長します

長崎は治安が悪いらしいです。
なんでも、インターネットが原因で少女が少女を殺したらしいです。

結局、事件の本質は、子どものけんかなんでしょうけど、それが、たまたま死んでしまったのでしょうけど。

でも、インターネットが現実社会化している昨今、子どもにインターネットをしてはいけませんとはいえないでしょう。子どもは、そのインターネットという社会の中で自分の居場所を見つけることは自然なことです。

チャットや掲示板の怖さというのは、子どもよりも大人が感じていることにすぎなくて、子どもはそんな危険さがないと面白くないのです。安全な公園なんて行ってもつまらないのです。
電車の中で子どもの会話を聞いていると、相手をけなしあってるし、大人よりもお互いにけなしあう遊びは上手です。
清く正しい、チャットや掲示板なんか、面白くないんだろうし、そんな大人に管理された世界で子どもが遊ぶなんてことは、現実的ではない。
清く正しい子どもなんていらないのである。



2004.06.03 08:54 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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