FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

日本人荒野に死す

テレビのニュースを最近見ないので、イラクの事件ほとんど新聞とラジオである。ラジオのニュースで、結局誘拐された日本人の死体が確認されたという。
まあ、死んでしまったわけである。
新聞から受けたその日本人の印象は、無謀というよりも、旅行慣れしていて、イラクでも何とかなるだろうと思っていたようである。

でも、ラジオのニュースで、フリーランスの記者が、イラクへ行くときは、宗教指導者と連絡を取って、おそらく賄賂を贈って、行くのだそうである。

そんな、イラクなんであるが、前にも書いたが、メディア側が取材していないという印象であり、日本政府の説明がすべてである。
結局、その死んだ日本人も、イラクのことを知りたければ、イラクへ行くよりほかに方法がないと思ったのだろう。
ほかの国々が、どれほど記者を派遣しているのか分からないが、日本のイラクへの関心というのは、低いのだということが、今回の事件での感想である。
まあ、イラクへの関心を高めるには、ウエルカムテロリストなのである。
スポンサーサイト



2004.10.31 22:56 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

六本木

東京国際映画祭の会場が、今年から渋谷と六本木になっている。
私は、六本木にあまり行ったことがない。
なので、土地勘が全くない。
東京都内の白地図があるとして、六本木はどこでしょう、と聞かれても、どこにあるのか分からないぐらい、行かない土地である。
理由は、映画館がなかったからであるが、去年ぐらいに、シネコンができ、そこが今回の映画祭の会場となったのである。

さて、六本木であるが、半年ほど前、世間を震撼させた、六本木ヒルズに初めて足を運ぶ。
いまや、回転ドアは、普通の自動ドアに替わり、丸い出入り口が回転ドアであったことを主張しているかんじである。
映画館へ行こうと、地下道を歩き、六本木ヒルズを歩くも、道に迷う。
だいたい、矢印が少ない。
シネマと書いてあり、→と方向を示していても、何歩か歩くと、どっちへ行っていいものやら分からないのである。
まあ、大人の街なので、矢印を見ながら歩かなければいけないような田舎ものは来てはけないのかもしれないが、六本木ヒルズ見学ツアーとか、田舎者むけのイベントもあるのであり、初めてくる人のために、矢印をわかりやすくするとか、そいうう配慮が頭にないから、回転ドアで事故るのだ、思った次第なのである。
まあ、デザイン優先で、人に優しくないのだ。
逆に、人に厳しい街として、店舗の入り口をすべて回転ドアにするとか、エスカレーターとエレベータを廃止するとか、もっと工夫が必要なのだ。
まあ、今日はこの辺で。



2004.10.30 19:04 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

にんげんは不平等

もし、小泉さんが通り魔に刺されるのと私が通り魔に刺されるのとでは、ニュースとしての価値も、その後の日本に与える表面上の影響も違う。
まあ、それは有名人と有名じゃない人との違いだから、仕方がないことではある。

最近、イラクで日本人がまたもや被害にあったそうだ。でも、いわゆる一つのテロリストは、日本人を捕まえて日本の世論に揺さぶりをかけてというようなことを考えているらしいが、その日本は、ほとんど関心を示さないというのはおもしろい結果だと思う。
国内的事情、つまり地震や台風といった事柄に関心が向いてそれどころではないし、私が思うにたぶん、前回のイラクの人質事件で、世論が自己責任論で分裂し、双方とも傷ついたので、その話題にはふれたくないという心理が、メディアや政府に働いているというような気がしている。和をもって尊しとすべしである。
それと、イラクの治安が収まらないのと、自衛隊派遣の長期化で、国民の関心がイラクに向かなくなって、メディア側も記者等をイラクに派遣しなくなったということも影響していると思う。
たしか、地震の前日に、サマワの自衛隊の駐屯地が攻撃されたが、それほど扱いは大きくないのも、取材ができない、情報がないということであろう。
そんなこと自体も、地震のニュースで吹き飛んでしまったのだが。

まあ、イラクに旅行に行くなんて馬鹿といってしまえばそれまでだし、みんな納得がいくのである。
そんな馬鹿な人間の命よりも、罪のない土砂崩れで生き埋めになった親子の方が、はるかに尊い命なのである。
それは感動の物語として脚色されて、テレビなどのメディアに報じられている。

でも、結局、我々にとってイラク戦争ってのは何なんだろう。
我々が自衛隊を派遣して何がどう変わったのだろう。
我々は、イラクで何をしたいのだろう。
いったい、旅行ができないほどイラクの治安を誰が悪くしたのだろう。
人が死ぬというのはどういうことなんだろう。



2004.10.30 01:52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ポルトガル語

写真館に、写真を貼ったら、ポルトガル語でコメントが来ているのだった。

nossa muita gente muito louco

はじめて、ポルトガル語でメッセージを受け取って、とってもうれしいのだが、ポルトガル語は理解できない。
昔買った、翻訳ソフトで訳してみるが、壊れた日本語が、出てくる。

我々のは非常に頭がおかしい多くの人々です

ポルトガル語を知っている人、教えてください。



2004.10.27 22:34 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

「安全」+「神話」

「安全神話」という言葉をよくニュースなどできく。
もちろん、その言葉に続くのは「崩れた」とか「崩壊」とか、そんな言葉である。
つまり、安全神話が築かれるという用法は存在しないのである。
まあ、治安にしろ、原発にしろ、新幹線にしろ、安全神話がいつ築かれたのか人は知らないのである。

個人的には、日本の治安はそれほど悪くなく、犯罪の対象が増えただけであるのかもしれないし、原発もメンテナンスが悪くても、メトロダウンを起こすことはないわけだし、新幹線も負傷者ゼロだったのだし、安全神話は崩れていないのかもしれない、と思ったりもする。
特に、新幹線は、悪条件が重ならなければ、直下型地震でも脱線する程度、ともいえるのかもしれない。

いずれにしろ、原発も新幹線も安心感がなければいけないので、今後も技術革新は続いていくことは間違いない。まあ、そのコストをどうするかが経営者や国にとって頭が痛いところであろうし、整備新幹線も今まで以上に建設費がかかるようになるのだろう。

自然災害にいかに防ぐかというのは、国家の重要な役目だし、昔であれば、自然災害が人民の反乱を生み国家を転覆させたりもする。
戦国大名や藩の領主は、治水事業を推進したりもする。
また、奈良の大仏を造らせもするのだから、まさに災害とは国家がためされることなのである。



2004.10.27 00:13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

地震

地震である。
東京地方もそれなりに揺れた。
最近地震が多い気がする。

地震とか自然災害があると、人は自然の力をおもいしる。
それは、とてもいいことだと思う。
人は所詮、地球や宇宙から見れば、皮膚ダニや大腸菌のごとく小さいものなのだ。
皮膚ダニは、人をかゆがらせ、そして、人に見つからぬように隠れて細々と生きてはいるが、それでも、人にはかなわないのである。

自然は人を殺しもするし、生かしもする。
それは、文明も同じなのだけれども。
まあ、地震があっても、家が壊れても、あきらめて、明るく生きている人はきっといるのだ。
そういう映像が、テレビには必要だ。



2004.10.24 18:33 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

シベリア抑留

私のおじいさんは、戦後、満州でソ連軍に捕まって、シベリア抑留された経験を持つ。
今では死んでしまったが、雑談で、ソ連の話になると、「露助は頭がいいんだよ」という話をしていた。
きっと、共産主義を露助からたたき込まれたのだろう。たいした学歴もなく、戦争へ行ったおじいさんだから、共産主義の「勉強」が難しかったのかもしれない。
おじいさんから、結局シベリア抑留の話を聞くことはなかった。話したくなかったのかもしれない。

「阿弥陀堂だより」という映画に、シベリア抑留から帰ってきた男が「本当にいいやつだったら還ってこなかった」といったという話が出てくる。

それで、おじいさんのことを思い出した。
おじいさんが暮らしていた家には、今も海部俊樹首相から贈られたシベリア抑留を悼む賞状が飾られている。



2004.10.24 01:37 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

童謡

at 2004 10/23 00:50 編集

童謡とは、基本的に子どもが聴く音楽である。
おかあさんと一緒とか、に流れている音楽である。
最近、ふとしたことから、「気のいいアヒル」という童謡を聴く。
それは、驚くべき内容であった。

以下
http://bunbun.boo.jp/okera/kako/kinoii_ahiru.htm
(うたごえサークルおけらさんのページより)


気のいいあひる
訳詞 雨宮すみ江
作曲 ボヘミア民謡



むかしあひるは からだが大きくて 海も渡れば 魚も食べたよ
 ■トラララ ララララ トラララ ララララ
 ■トラララ ララララ ララララララララ

2 ある日あひるは 川辺に来たが どこもはげしい 流れだったよ
 ■トラララ ララララ トラララ ララララ ・・・・・・・・・・

3 こいつはちょいと 考えもの おぼれて死んだら つまらない
 ■トラララ ララララ トラララ ララララ ・・・・・・・・・・

4 あひるは岸辺で ブラブラ暮らし 足はちぢまる からだは弱る
 ■トラララ ララララ トラララ ララララ ・・・・・・・・・・

5 とうとう人間に つかまえられて 気のいいあひるは 豚小屋ずまい
 ■トラララ ララララ トラララ ララララ ・・・・・・・・・・

という何とも夢のない話である。
教訓としては、運動をしようとか、勇気を出そうとかそんな感じなのかしら。
冒険心は必要だけれども、中途半端だと逆にだめになる、ということか。
子どもというのは、こんな音楽を聴いて大人になるんだなあ、と思ったのでした。

ちなみにボヘミアとは、チェコの方の地方だそうである。



2004.10.23 00:50 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

今日も台風

今日も台風である。
人間というのは勝手なもので、前回興奮しすぎたせいで、今回はおとなしくしている。
まあ、東京地方は夜に通過したので、外に出る機会はなかった。
でも、台風というのは興奮するのは、単純に非日常だからだろう。
ハレとケともいうべき事柄、ハレなのだ。
台風だからるんるんなのだった。
人が死のうが、るんるんなのだった。
るんるん



2004.10.21 01:09 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

fotolog

写真を貼るのに、fotologというアメリカの写真専門のブログを使っている。
コメントに、日本語を貼り付けると文字化けするというご報告をいただいた。
でも、他の日本で一般的なブログで、写真を貼り付けるのは、結構面倒で、いくつかのブログで試したけど、fotologにはかなわなかった。
それに、日本向けのサービスではないので、グローバルな感じがして、fotologを使うことにする。
まあ、コメントは、BBSにどうぞ。
もしくは、ローマ字、英語でつけてください。
ということにします。
勝手ながら。



2004.10.20 01:24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

よくわからぬこと

世の中よく分からないことだらけである。
ときめきメモリアル3をストレスに耐えながら何とか、3年間を終わらせる。橘という人と何度もデートを重ねながら、結局結ばれない。うむ、これはきっと入部したのが合気道部でなかったからに違いないと結論づける。
ゲームだから仕方ないが、現実にこんな女がいたら、きっと好きにならないに違いない。

たとえば、今、マクドナルドにいたとして、向こう側の席に座っている、男と女が恋人として、男の方が女よりも不細工であり、なんで、この女がこの男を好きになったのかは、私には永遠に分からぬことである。
よく分からないことである。



2004.10.18 19:39 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

掃除

部屋の掃除をする。
ほぼ3ヶ月ぶりぐらいである。

ちょっとCDソフトをさがしていいて、それを見つけるための掃除であったが、部屋を掃除機がけし、ゴミを捨て、本棚を整理する。
結局CDは見つからない。探し物とは不思議なもので見つからないものである。
なぜ、探し物が見つからないのか。
それはきっと探し物だから見つからないのだろう。見つかれば、探し物ではなくなるから。



2004.10.18 00:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

お台場

お台場にて
あっとステーションなるもので書いてみる。
100円でインターネットが使えるという公衆インターネット端末である。
まあ、物は試しと打ってみるのである。

これが便利かどうかはよくわからん。



2004.10.18 00:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

最近怒ること

プロ野球。
新球団選出に、企業の経営状態とか、倫理的態度とか、問題になるらしい。
お金を持っているだけではだめなのだ、とかいうことらしい。
でも、経営状態に問題があることが、球団参入の問題となるのなら、ダイエーは球団経営から撤退すべきだし、倫理的態度なら、株でやめたオーナーの西武や、札束をばらまいてオーナーがやめた読売は撤退すべきだ。
それができない、身内には甘いのだなあ。
ある意味、近鉄は、撤退しただけ偉い。

「ときめきメモリアル3」をソフトショップで1000円で購入。有名なゲームなので一度やってみたかった。
でも、妙に女の子女の子している声、振る舞いにちょっとむっかっとくる。なにが、小学生の時、助けてあげただって。
なんで、デートに着ていく服が、カジュアルシャツとTシャツで態度が変わるのだ。約束を反故にするのだ。
そんな女、こっちから願い下げだ。とおもいつつ、女の子の声で自分の名前を呼ばれるとドッキとしたりもする。
うむ、これが魅力なのか。よし、恋人になるべき、デートに誘い続ける自分。
なんか、むっかとくる。



2004.10.17 02:36 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

台風2

昨日は、台風の直撃を受けて、興奮した。
台風とは本当にすごいものなのだった。
大自然の驚異を感じるとともに、大自然に抱かれる私という人間がいたのであった。
むろん、台風によって死んだり、怪我したり、家を失ったりする人もいるのだろうから、私のように適当なことをいっている人ばかりではないだろう。
でも、都会に住んでいると、自然というものがどういうものか認識する機会は少ないのである。
たまに旅行で山や海に出かけたりもするが、所詮は、安全を考慮された空間からでることはない。山では、登山道を歩けばまずは安心だし、海では沖の方まで行かなければまず安心である。
危険にあえて近づくことはないし、旅行者はそうであってはならない。
自然を観賞することはあっても、自然の力を感じることはあまりないのである。
台風は、損得なしに、その力を感じさせてくれるのであった。



2004.10.11 00:37 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

台風

職場から、自転車で帰ろうと思って外へ出ると嵐であった。台風がくるから早く帰ったのに、ちょうど千葉市を台風が通過しているとき、一番ひどいときに外に出ていたのだった。
これまでの人生で経験したことがないようなものだった。
まるで、食器洗浄機の中にいるような感じであった。傘を差せないし、最後には自転車にも乗れないのだった。さすがに、体重があるので飛ばされはしなかったけど、目の前が見えないほどであった。

人間にとって、自然が必要な理由がわかった一日だった。



2004.10.10 00:11 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ため息

ため息をつくと、幸せが逃げると人はいう。
でもね、ため息の一つぐらいついたっていいではないか、

科学はいう。
ため息をつくと二酸化炭素が排出される。
そう、ため息も呼吸なのだ。
呼吸。
それは、生きていくためのもの。



2004.10.09 02:25 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

思考を指先に

パソコンで文字を打てると、キーボードに思考を集中させいることが多い。

指先で、キーボードを打つということは、脳が命令して文字を打っているということには違いなのだが、脳→指→キーボード→パソコン→ディスプレイ→目→脳、と反復を繰り返しているのである。

だけけれども、脳を文字を打つことに集中させてみると、手先で文字を思考し打っているような感覚になる。脳の最大の特徴は、その柔軟性にある。どんな環境にも最適化するように脳は変化する。パソコンで文章を書くということは、その環境に言語能力を最適化するに違いない。
まあ、それは良くも悪くもあることだけれども。

一昔前には、ポケベルを最速で送れる女子高生が話題であったし、昨今は、携帯でメールを打つのだから、脳や指先というのは、環境に素早く適応しているのだろう。

まあ、そんな脳を持たない大人たち、頭の固い人たちもいるのだけれども、それが大人になるということなのだろう。



2004.10.06 03:01 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

お疲れ

今まで日記に、何回か書いたが、最近お疲れである。

私が、お疲れなのである。

寝不足だからである。

寝ないといけないのは、脳を休ませねばならないからだと人はいう。

なので、脳もきっと疲れているのだろう。

なので、疲れないように、指先に思考を集中させて、
いま、パソコンで文章を打っているのである。

でも、まあ、疲れたのである。



2004.10.03 19:27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

世界に一つだけの花

ラジオで、スマップの世界で一つだけの花という歌謡曲を聴く。日本人であれば、説明を必要としないようなヒット曲である。

その歌を何気なく聴いていたら、

「この中で誰が一番だなんて
 争うこともしないで」

というところに違和感を覚えた。

この季節に咲く、空き地一面を埋め尽くす、セイタカアワダチソウは、背の高さと、地下茎という繁殖能力をもって、日本中の空き地を埋め尽くした花である。
まあ、他の種を封じ込めて、これだけの勢力を拡大したのだった。
まあ、セイダカアワダチソウをは、花を咲かすことだけに一生懸命であったというのは確かなことだし、人間のように争っているわけではない。
でも、生き物であれば、少なからず、他の種や他の個体との緊張関係は存在する。
むろん、生き物は一番を目指しているわけではないし、生きる空間を探すことで、生きのびてきたわけであるから、この歌の趣旨とあっているともいえるだろう。

などと考えつつ、秋の夜長を過ごすのだった。



2004.10.03 00:57 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

宮台慎治

何週間前に、NHK教育のETV特集でやっていた、教育関係の番組を観る。録画していたので、何日か前にみたのだった。
内容は、子どもの心の闇を探るみたいな内容で、まあ、NHKらしく手堅い内容で、最終的には、子どもの心の闇は大人の側の問題なのだという至極当然な結末をもって終了した。

最後の方に、カリスマ校長先生と作家と社会学者宮台真司の対談があった。
その対談がおもしろかった。
なぜかというと、対談なのに宮台真治しかしゃべっていないのである。たまに、合いの手を入れるように、作家さんが口を挟んで、そして、ときたま、校長先生が何か言う、みたいな感じで、9割方、宮台真治しかしゃべっていないのである。
確かに、宮台真司のいうことは正しい。わたしも、あなたの意見には賛成であるのだが、宮台真治しかしゃべっていないのである。

まあ、テレビであるから、番組を成立させるために、編集されている。実際には、3人で熱い議論が交わされ、最終的には殴り合いのけんかをしているのかもしれないが、放送を見ると、宮台真治しかしゃべっていないのである。
まあ、宮台真治しかしゃべっていないのである



2004.10.02 01:14 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。