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オオアリクイに殺されたんじゃない

最近、夫をオオアリクイに殺された後家さんと援助交際ができる故のメールが届くらしい。
私のような不人気ブログの作者には届かない。

そうか、女王蟻もインターネットする時代になったのだと、感慨無量でしたが、よく考えてみれば、おかしな話である。蟻の雄は女王蟻と交尾後に死んでしまうのが自然の摂理。
なんだ、オオアリクイに殺されたんじゃないんだ、というのが結論であります。

きっと、その女王蟻は、交尾後死んでしまった、夫の蟻ことが忘れられなくて、でも、交尾をしてしまった罪悪感から、そんなウソを書いてしまったのですね。
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2006.07.30 20:17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

「美しい国へ」

何ヶ月か前のブログで、藤田嗣治が、「私は日本を捨てたのではない、捨てられたのだ」と言っていたと書いた。

今日、「蟻の兵隊」というドキュメンタリー映画を見た。山東省の残留日本兵問題を題材にした映画。政治的な映画ではあるし、中国側の情報提供に問題もあるのかもしれないが、おおむねおもしろい映画であった。
「日本に捨てられたのだ」
そんな人たちによって、靖国は糞みたいなものだろう。

その映画の中で、印象的だったのはつらい体験をした山東省に行き「なつかしい」といって、笑顔になるシーンである。どんな経験をしていても若い時間を過ごした場所に行くと笑顔になってしまう。人の感情というのは、なんて残酷のだろうと思った。

帰りに、本屋で、次の首相に当確している安部さんの「美しい国へ」という本を手に取ってみる。読む気はしないのであとがきだけ見る。
そこに、現在の若者の政治へのニヒリズム的態度を指摘しつつ、でも、若者は政治と結びつきを持ちたいのではないか、人のために何かしたいと思っている。と記していた。
それに、何か危険なものを感じた。

政治家なんてものは、国民の統制を考えるものだし、それが、必ずしも悪いものでもない。
でも、次の首相にそんなことを言われると、「今時の若者なんて馬鹿だから、コントロールするのは簡単だね」という風に感じられる。

自分の世代ぐらいになると、若者だった時代は、大人の真綿に包まれて過ごしていた。もう若くもないので分からないが、今の若者も同じなのかもしれない。まあ、反抗するにも親を殺すぐらいしか方法がないのかもしれない。

映画の中で、老人があんなにがんばっているのだから。



2006.07.30 19:59 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

東海道本線

花の東海道線などと呼ばれていたのは、もう一昔も前のこと。
新幹線ができてからは、地元の足である。
でも、この時期は、ちょっと違う。

今回、名古屋旅行は、行きはムーンライトながら、帰りは、普通列車を乗り継ぎ乗り継ぎであった。
理由は、青春18切符で旅費を抑えるため。

名古屋から東京まで、普通電車をつかっても、8時間程度。4時頃名古屋を出ればいいので、それまで観光できる時間は確保できるのである。
また、新幹線に、2時間缶詰にされるのと、在来線に8時間乗るのとでは、新幹線に缶詰にされている方がつらく感じる私なのであった。

青春18切符の期間、東海道線はたいてい混んでいる。
東海道線は本数が多いので、東京ー大阪間ぐらいなら、時刻表がなくても安心して移動できる。
お盆の時期だと、子ども連れで移動している人も多い。子ども連れでは大変だろうが、背に腹は代えられない人もいるのだろう。

今まで、東海道線の静岡県内では、
「停車時間が短くなっております。乗り降りはお早くお願いします」
と停車するごとにアナウンスされていた。
私は、嫌なアナウンスだとずーっと思っていた。

でも、今回一回もアナウンスされることなかった。
福知山線の事故以来、そんなアナウンスがしにくくなったのかもしれない。
実際、停車時間に余裕ができたのかどうかはわからないけど。



2006.07.30 01:10 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

名古屋港水族館

某ホームページの美人?主催者に触発されて、名古屋に行ったのでひとり名古屋港水族館へ行く。
実に、プライベートで水族館へ行くのは、大学生の時以来なので、8年ぶりであった。でも、数年前にたまたま通りかかった、板橋区立淡水魚水族館には、行ったかな。すごく小さな水族館であったけど。

まあ、略して名港水族館へいった。開店前にチケット売り場に並んで、男一人気合いが入っていたのだった。周りは、夏休みで子どもだらけである。

名古屋港水族館はでかい。イルカとかシャチとかベルガーとかいわゆる水族館の人気者で一つの建物をつかって、もう一つの建物は、普通の水族館みたいな感じである。

ベルガーの練習風景を見たけど、実にかわいくて、目に入れても痛くない感じであった。飼育員が水をかけたり、ベルガーの口に手を入れてコミュニケーションをとっていたのが、印象的なのだった。そういえば、ムツゴロウさんも、動物の口に手を入れていたなあと思うのだった。
ベルガーを是非是非、飼ってみたいと思ったけど、ワシントン条約での保護対象。学術目的でしか取引できない。
ホリエモンになって、どかんと学芸員をもった水族館を建てないといけないのだった。飼うにはお金儲けが必要である。

普通の水族館の建物は、日本の海から南極の海へ向かうというストーリー立てになっている。途中、深海のコーナーがあって、リュウグウノツカイの標本がみられるかしらと期待していたけど、残念ながらCGのみの出演。CGなんかみてもおもしろくないのだ。残念。

今回、水族館で印象残ったのは、肺魚とウツボ。
ウツボは、普段は何もせず、ほにゃにゃ、と過ごしているけど、ちょうどえさやりの時間で、上からえさが降ってくると、もぞもぞと動いて、ぱくぱくと食べている姿が、とてもよかった。
肺魚も何もせずに、底に沈んでいたけど、一匹だけ動き回っていた。肺魚は、数時間に一回、水上に口を出し呼吸するので、その瞬間かしら、とワクワクしながら見ていたけど、水面に近づくまたそこに沈み、また浮上してきたかと思うと、沈んでしまうのだった。
数分、呼吸の瞬間を粘って見ていたけど、出し物の時間が迫ってきたので、断念しました。

ウツボを見て、生き物が力を使うのは、捕食の時なのだということを改めて思うのである。
あとは、生殖のときなのだろうが、水族館ではその瞬間はあまり見ることはない。
そして、天敵から逃げるとき、それ以外の時間は動かないのが多くの生き物の基本である。えさが少ない深海にすむ魚が最たるもの。
天敵に見つかりにくくなるし、何しろ無駄なエネルギーを使わないことが必要なのだ。

回遊し続けるマグロなども、捕食の時には、倍にスピードでる。

それに比べて、人間様は実に動き回っている。しかも、食べることも生殖もそこそこにである。まあ、ベルガーとかイルカとか哺乳類になると、遊びの行動も見られるから、哺乳類の因果なのだろうか。

気がつけば、4時間もお魚を見て過ごしていたのだった。
水族館は、子どもと恋人たちの聖地なのだが、子どもの遊び場としてはともかく、恋を語る場所に使っては、もったいないなあと思うのだった。



2006.07.28 23:52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

新交通システム

いつものように、ブログを書いているふりして、昨日から今日にかけて名古屋に行ってきました。

名古屋って、私にとって大阪よりも異文化なのである。
大阪の食べ物は、有名どころは東京でも食べれますが、名古屋のきしめんでさえ、手軽に食べれるところを私は知りません。
といっても、今回の名古屋旅行で食べたのは、きしめんとあんかけスパゲティと名古屋コーチン、そんなところです。

今回の名古屋行きの目的は、桃花台新交通という電車がもうすぐなくなるから。それを乗りに行きました。
運行を始めてから、15年ぐらいしか経っていないのにもう廃線なんです、しかも、今でも新交通システムと呼ばれているのにです。
乗った感じでは、そこそこ利用されているし、20分に一本走っているし、廃止される感じの電車ではありませんでした。
きっと、それでも、収益性が低く、安全対策とか、機械の更新とか大変なのでしょう。それに、愛知は自動車王国ですから。

それから、最近できた、リニモにも乗りました。
日本初の浮上式リニアモーターカーです。昔、筑波博覧会で乗った以来の浮上式リニアでした。なんか、不安な感じがしましたが、揺れないし加減速もスムーズ、無人運転のくせして、結構速く走ります。遊園地の乗り物みたいな感じでした。でも、駅で、車両の検査をしていた職員が「バッテリーの温度がどんどん上がっているよ」と何回も言っていて、大丈夫なんだろうか、と思いましたが、まあ無事でした。

リニモは、田舎を走ります。10分に一本の割合で走っていて、万博記念公園が開業したこともあり、それなりに人は乗っています。でも、桃花台よりも人が住んでいない地域を走ります。
まあ、無人運転なので、桃花台新交通は有人なので、その分コストはかからないのかもしれませんが、特殊な車両だけに20年後にリニモが残っているのかと考えてしまうのでした。



2006.07.27 21:22 | 日記 | トラックバック(1) | コメント(2) |

熱水噴出域

深海には熱水噴出域というのがあって、そこにも生き物がいたりもする。
そこにいるエビは、なぜかゆであがらない。

そんな領域にいる生物に、胃の中に微生物を飼っていて、その微生物が栄養分を生成してくれるので何も食べなくていい生き物もいて、日々飯のために汗かき働いている人間様にとっては、うらやましい限りである。
また、巻き貝の仲間には、体が亜鉛鉄で守られていたりするのもいて、なんか服着なくていいじゃない、と思ってみたけど、べつにそれは、うらやましくもない。

人間の想像力というのは、というか私の想像力というのは、陸の上の生き物のそれであり、水の中にまで及びもつかないのだ、ということを強く思い、謙虚になろうと思うのでしたが、まあ、謙虚にはならないのであろう。



2006.07.26 22:21 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

チョウチンアンコウ

チョウチンアンコウの標本を見た。
メスに、オスが4匹寄生していた。

わりと有名な話かもしれないが、チョウチンアンコウは、オスはメスと同化し、最終的には生殖機能だけが残されるそうである。
カマキリもビックリなのだ。
しかも、一匹のオスしか愛せないわけではなく、来るものは拒まない感じみたいである。
説明としては、深海は生物密度が低いので、なかなか出会いが少ない、なので、メスに出会ったときに、同化しちゃえ、ってことらしい。
でも、チョウチンアンコウの種の仲間すべてがそういう形態をとるわけなく、種によっては、メスとくっついたり離れたりもできるオスもいるらしいけれども。

人間様みたいに、「彼がいるからあなたのことは愛せない」とか言わないチョウチンアンコウのメスは、懐が深いのだと思った。まあ、それは「彼女は僕のものだ」といわないオスも同様。そして、愛するメスに寄生し、最終的には、生殖器だけ残し自らの存在をメスと同化させる。まあ、究極の愛といえばそんな感じはする。
人間様にとっては、グロテスクな話には違いないけれども。

でも、説明してくれたセンセイは、採取されるほとんどのメスにオスは寄生していないそうではあるので、自然というのはなんだかんだ厳しいものらしい。



2006.07.25 20:12 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |

驚異の深海生物展

どうしても、リュウグウノツカイが見たくなって、
千葉県立博物館でやっている、驚異の深海生物展を見に行く。

子供の頃、上野動物園に併設の水族館があって、そこに展示してあったホルマリン付けのリュウグウノツカイがなぜだか、強く印象に残っている。たぶん、深海魚を紹介するようなコーナーなので、館内が薄暗く、怪しく光るリュウグウノツカイが、私の頭の中に残っているのである。
上野動物園の水族館に、大学生の頃行こうとしたが、もうなくなっていた。インターネットで調べると、老朽化のため、葛西臨海水族園を新築し、展示物を移したらしい。でも、葛西水族園で、リュウグウノツカイを見た記憶はない。

まあ、千葉県立博物館へ行く。リュウグウノツカイはホルマリン付けではなく、剥製になって、天井にぶら下がっていた。模型みたいな感じで、上野の水族館で見た怪しげな感じはない。記憶は、美化されるということかもしれない。でも、結構立派なリュウグウノツカイではあった。

なんでも、キモカワイイ、として、深海魚は人気らしく、夏休みということもあって、県立博物館としては、思ったよりも賑っていた。

ちょうど、大学の先生が、展示してある深海魚の解説をしていたので、一緒に混じって聞く。
最後に、その先生が、生物の進化で、深海魚みたいに極めて変な形をしている生物は、普通は環境の変化に適応できずに滅んでしまう。普通のかたちをしている生物が環境の変化に強く生き残るには適している。
でも、深海魚が、変な形で今日まで残っているのが、深海は、水圧も高いが一定、温度も低いが一定、四季もなく環境に変化がない、きわめて平和な環境であるのではないか、という言葉が印象的だった。




2006.07.22 18:43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

虫の味

今日自転車を飛ばしていたら、虫が口の中に入ってきた。
あわてて、口を閉じると、虫は唇につぶされた。

すると、口の中に、草の香りが広がったのである。
うむ、うむ。



2006.07.22 00:17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

犯罪者

私は、どうも、犯罪者に惹かれる。
まあ、それは、甘いのかもしれない。

人生に、もし、があるのならば、彼女は、別に殺さなくてもよかったのかもしれないし、もし、があるなら、彼は、何もしなかったのかもしれない。

でも、彼は彼女は、法を犯したのだし、それで、罰を受けるのはいいと思う。そんなもし、によって、罪が軽くなるわけでもない。

それは、自分に対しての赦しを得たいという甘えに由来するのか。

塀の上を歩くような、感覚。生きるというのは、そういうものなのかとも思う。少なくとも、私にとって。



2006.07.20 23:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

屈折した自己顕示欲

「屈折した自己顕示欲」っていうのは、すごい言葉だよねえ。
毎日新聞に事件のコメントで佐木隆三が書いてました。

まあ、だいたい不人気ホームページを作っている人は当てはまります。
私のことなんだけど。

さて、猫も杓子もインターネット時代。検索してみましょう。
絵師 冬奇(職人.COM)
「屈折した自己顕示欲」を絵にするとこんな感じらしい。

それ以外の検索結果はおもしろくなかったです。
一番、屈折した自己顕示力の個人サイトが検索で引っかかるとおもしろいのになあ、と思ったのでした。

では、「屈折していない自己顕示欲」っていうのは、どんなのでしょうか。さあ、検索検索。
でも、「屈折していない自己顕示欲」っていう用法はないらしい。
「まっすぐな自己顕示欲」でも、やっぱし語法はない。
「ストレートな自己顕示欲」で、やっと検索に引っかかりました。

自己顕示欲は、ストレートであるべき。という結論でしょうか。



2006.07.20 00:58 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

不真面目な感じ

北朝鮮は、けしからんので、正義の国日本は、経済制裁をします。パチパチ。
という感じ。
わかりやすいマッチョさは、古今東西、流行るものである。
結局、日本は、国連の争いには完敗(義理立てはしてもらえたけど)しているのだけれども、それは、日本の言っていることは不真面目であるからと思った。

昔々、日本は、西欧諸国のABCD包囲網という経済封鎖、そして、マッチョなハルノートを受けて、太平洋戦争を始めました。それを、「西欧諸国の陰謀」と最近の人は言うらしいけど、そういう人に限って、北朝鮮を経済封鎖せよと言うのである。個人的には、結果として日本は暴走したのだと思う。

まあ、経済制裁というのは、やっかいなことである。当然、北朝鮮と国境を接する国は、その結果、戦争になれば、やっかいであると思うし、できるだけ、軟着陸を望むのが、多分、外交というものだと思う。
戦争となれば、火の海になるのは、東京ではなくソウルであるというのは、当たり前なので、韓国政府が日本の態度を批判するのは、当たり前。
中国は、国境沿いに朝鮮民族が住んでいるので、戦争となれば難民が押し寄せてくる、ロシアも同様。
しかも、イラク戦争のように、へたな国連決議が、アメリカの戦争の理由に使われる可能性も高いから、当然、アメリカの暴走を懸念すればこそ、反対もするわけである。

韓国も、中国も、ロシアもまじめにパワーゲームをしているのだ。北朝鮮の動向が国益に大きく関わる。海を隔てた日本は、まあ、確かに、運が悪ければ、原発にミサイルが当たるかもしれないが、その程度の危険度しかない。戦争が起きたところで、対岸の火事。もしもの時は、アメリカを頼りにすればいいのだし。

脳天気なマッチョ、マッチョなのだ。



2006.07.18 23:04 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

今日のオニグモ

雨なので、オニグモ君も商売あがったりかと思ったら、
見上げると、食事中なのだった。

人間様と同じで、晴耕雨読とはいかないらしい。



2006.07.18 03:12 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

鬼蜘蛛

毎年、我が家の前の蛍光灯の下に、オニグモの巣ができる。
毎年、玄関を出入りすると、はじめの頃は巣に引っかかるが、そのうちに、徐々に巣が上に動いていくので、引っかからなくなるのである。

まあ、見た目は気持ちいい蜘蛛ではないが、日本文化を愛する心の持ち主としては、蜘蛛は田んぼの害虫を捕ってくれるので益虫とされているし、カンダタも助けてくれる蜘蛛なので、放っておく。
おもしろいもので、蜘蛛の巣を張るのは、夜だけである。蛍光灯に集まってくる虫を捕るのだけれども、食べ終わった後、下に落とすので、自ずと蟻が集まってくるのである。

朝には、引き払って、どっかの隙間に潜んでいる。
夜な夜な、巣を張っているオニグモなのである。



2006.07.17 02:13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

夕焼け小焼け

夕暮れ


数日前の空。夕焼け。

青空なんかよりも、ずっときれい。

青空が小西真奈美なら、この空は、寺島しのぶ。
ちょっとちがうか。

男優の名前ならわりと出てくるのに、女優は、あまり出てこない。

青空が、岡田准一なら、この空はオダギリジョー。
ちょっと、いい感じ。


まあ、小西真奈美に求婚されたら喜んで結婚するけどね。まあ、岡田准一でも同じ。



2006.07.15 02:24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

夏バテのような

なんか、こう、ね。
疲れが、たまっているような気がするのである。

疲れとは、ためるために、あるのでしょうか。
まあ、違うんだろうね、きっと。

このところ、東京地方は、梅雨の合間の蒸し暑い感じで、部屋の温度もおおむね30度を超えるぐらいである。職場では、クーラーが効いているし、家では、クーラーがないのであついしで、気温の変化と申しましょうか、やっぱりそういうのは、体に毒よね。


人気者になるには、放火も辞さない、ある意味正しくもあるのですが、ただ、放火しただけでは、満足できない何か、が人にはあるのでしょうね。まあ、私の携帯には、カメラもないので、気軽に、写真なんかはとれないので、放火しても、やっぱりブログには書かないとは思います。デジカメでとると、意外にめんどくさいのよね。
それと、やっぱり、事件起こすと、人気ブログになってしまって、新聞とかで紹介されるのは、やっぱり、恥ずかしい感じはする。まあ、取材しなくても、ネタになるから、安上がりというか。


それから、ジダンみたいに、怒ったときには、行動で示した方が、正しいのかもしれない。まあ、それも、サッカー場の出来事だから、許されるだけなのでしょうけど。



2006.07.13 16:44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

プラネテス

先日、プラネテスのDVDを見終わる。
もっと、のんきな話かと思ったら、後半ドロドロしていた。
なんか。エヴァンゲリオンから抜け出せない感があるのである。

未来を描くと言うことは、現実をデフォルメさせることでもあるので、先進国と発展途上国の関係、貧富の差、どれも、現実の問題である。
でも、どうも、クレアさんがテロリストに走るところが説得力がなかったように思う。

でも、でも、おもしろかったのである。



2006.07.10 23:39 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

映画的な風景

ランニング男滑走路横断、週末の羽田空港2時間閉鎖の大迷惑

日本を震撼させたミサイル騒動のさなかのニュース。
一言ですませれば、迷惑な話となるのでしょうけど、「海をみながら体操がしたかった」という言葉に、ひとつの芸術的な何かを感じてしまうのだった。

滑走路を横切るのは規律違反だろうけど、彼は、一人になりたくてそんなことをしたんじゃないか。ちょくちょくしていたんだないか、と想像をふくらませるのでありました。

テロ警戒とかいても、たったこれだけのことで、人はいらだち、テレビではある人は怒っていました。まあ、安全性の確保は必要でしょうけど、システムというのは何もなければうまくまわるのに、変な人、ひとりで終始がつかなくなるんだなあ。
別に親など殺さなくても、世間を騒がすこともできる。
ささやかなテロリストといったところでしょうか。

人は、システムが同じようにまわって当たり前となり、それから外れるとひどくいらだつようになる。システムの奴隷になっちゃうんだね。電車で人身事故があっても、人が死んだことよりも自分の予定を気にする。まあ、それは、しかたがないことなんだろうけど。
往々にして交通機関は、人を捌くことに忙しいのだ。

まあ、北朝鮮を怒っていても、同じ時期に、イスラエルがパレスチナの自治政府に空爆を仕掛けるのには怒らない。まあ、日本からの距離の問題といえば、紛争地域かどうかの問題、といえばそうだけど。パレスチナは一応日本と同じような選挙で選ばれた政府なのにね。

まあ、だからといって、私が何かするわけでもないのだけれども、まあ、何もできないから、憂鬱になったりもするのであった。
まあ、そんな憂鬱になっていると新興宗教にねらわれちゃうから気をつけましょうね。



2006.07.09 20:12 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

新々プロレタリアート詩

仕事で、コピー機を使う。
しかも、用紙が特殊で、手差しトレイを使わねばならず
両面コピーにしなければならず
大量のコピーをとらねばならなかった。

でも。でも。
紙詰まりを繰り返し。

ぴーぴーと
コピー機は泣く。

カバーを開けて
くちゃくちゃな紙を
ひっばりだし
カバーを閉めて
コピー機をなだめようとする


コピー機の熱を感じながら
圧し殺した感情を
手についたインクを
軽くこする。



2006.07.09 01:23 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

自動改札

改札口で人と待ち合わせると、待っている間、自動改札をながめたりする。

あれは、扉が閉まらないことを前提にしているシステムなのである。
閉まらなければ、人はスムーズに改札を通り抜ける。でも、いったん閉まってビーコンビーコン、鳴ってしまうと、まるで蟻の行列に石を置いたかのように、人の波は崩れるのである。
東京は、人ばかりなのだ。

案外多いのは、閉まっても強引に通り抜ける人。
たまに見るのが、切符を通さずに飛び抜ける人。
基本的に、キセル防止には、そんなに役に立ってない様な気がする。正直者は、いつも損をしている気がしないわけでもない。

いつも思うのは、有人改札が、大きな駅でも一カ所しかないこと。
青春18切符を使うと、有人改札を通らねばならないので、いつも待たされるのだ。あれは、どうにかしてもらいたいものである。
まあ、人員削減の結果、いまの運賃が保たれているのだ、という見方もあろう。でも、もっと有人改札を増やすべきだと思う。まあ、それでは、自動改札にした意味はない、ということも確かなんだろうが。



2006.07.08 00:05 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

海ほたる

仕事の関係で、海ほたるへ行く。
天気が悪かったけど、東京湾に浮かぶ、人工の島である。
まるで、船旅をしているよう。

でも、船旅の方が100倍くらい楽しいけど。

人間の創造物としては、かなり大きなものである。
まあ、たしかに、自然は、美しいのだけれども、人間の創造物は、それなりに見るものを圧倒させる何かがあるものである。
だから、ピラミッドや伝仁徳天皇陵があるわけであると納得させられるのである。

無駄といえば、無駄な公共事業になるのだけれどもね。

個人的には、関西国際空港のほうが、人工島と橋としては、海ほたるよりもダイナミックであるとは思うが、あれは、埋め立て地だから、ちょっと違うのかな。




2006.07.07 01:40 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ダーウィンから

私は、たびたび書いてきたように、ダーウィンが好きなんである。
進化論なのである。
進化論の何が好きかと言えば、今の形が完璧ではないのだということだな。きっと、創造説の時代に、進化論を考えつくなんて、そうとうひねくれ者なのだ。私もひねくれ者なので、親近感を持っていた。そして、ダーウィンがどもりである、と知ってから、益々親近感を持つに至るのである。

ハードボイルド風に言うのであれば、「人はどもりに生まれるのではない、どもりになるのだ」ということである。少なくとも、私は、小学校の先生の善意の言葉「どもるけど気にしなくていいよ」の一言で、どもりになったと思う。まあ、もちろん、それまでどもっていたにはちがいないけど、気にしてはいなかった。
若い頃は、三島由紀夫の『金閣寺』を読んで、どもりの青年にいたく共感し、自分も金閣寺を焼くかも、と思っていたけど、今となって見れな、天才作家の三島は、読者が別にどもりでなくても、共感できるように書いてある、ということに気がつくのである。

また、どもりの自助組織みたいなところもあって、一度参加した。いろいろなどもりがそろって、それはそれでおもしろかったけど、なんかなじめなかった。思えば、人間関係が苦手なのは、どもる前からなのだった。


今は、ある程度コントロール可能になって、まあ、それなりに生活はできるので、そんなものなのではあるが、たまに、どもって話している方が、本当の自分かも、と思うことはある。まさしく、アイデンティティークライシスなのであるが、そもそも、アイデンティティーなんて、近代資本主義の産物と、なんかの本で読んでからは、クライシスでもなくなった。
でも、たまに思うのは、どもらず話すのと、どもりながら話すのとでは、どもって話しているときの方が楽しいのだった。
結構、天の邪鬼である。

まあ、書く分にはどもらない、とは思うが、誤字脱字が多いのは、そのせいかもしれない。



2006.07.04 21:39 | ものぐる | トラックバック(0) | コメント(0) |

毎日新聞

今日二本目。

最近、毎日新聞に変わった。読売新聞の勧誘がひどかったので、頭に来て毎日新聞に電話して契約したのだった。

毎日新聞は、2大新聞朝日読売に挟まれる位置にある。全体の論調は、朝日読売よりも繊細な感じがする。はじめは、読み慣れなかったが、読み慣れると結構おもしろい新聞であると思う。

今日の新聞で

戦後60年の原点:シリーズ・あの日を今に問う 総括 座談会(1)
戦後60年の原点:シリーズ・あの日を今に問う 総括 座談会(その2止)


という記事があっておもしろかった。その中で、芥川賞作家の平野啓一郎がおもしろいことを言っていた。彼は私と同年代である。

<<引用>>
 インターネットのブログに書く日記も、鬱憤(うっぷん)晴らしもさることながら、やはり社会の中では十全な自己実現ができないことの表れでしょう。会社で余計なことを言えず、友達と話しても、テレビで流通している類のコードから外れると「サムイ」と言われる。そうして抑圧された言葉が、あふれかえっているんじゃないでしょうか。
<<引用終わり>>
とか
<<引用>>
 今の日本は、たとえば「罪と罰」の時代のサンクトペテルブルクなんかと似ている気がします。みんなニヒリスティックで疑り深い。僕らの世代には、性行動にも職業選択にも、支えになる倫理などない。父親のような「権威」が命じたからそれを守るという構造がない。自由である一方で、独善的な考え方に傾きがちで、自分への批判に開き直り、自分に都合のいい他者像とだけ戯れている。

 そうである以上、他者への想像力をはぐくんでいくしかない。本当の意味で自分と全く違う人間とどう対話するのかを考えることが、日常でも外交でも大事だと思う。これを自分の仕事を通じてやっていきたい。
<<引用終わり>>

とか。
頭のいい人は、文章がうまいね。
そうなんだよねえ。そのとおりなんだよねえ。と思ったのでした。

でも、私よりも下の世代、20代や10代はまた違った行動原理をもっているのかもしれないとも思うのである。案外と、ここら辺の問題をクリアしていたりもするかもしれないなあ。





2006.07.03 22:57 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

上野の森

今日は、お休みだったので上野に行く。
月曜日なので、美術館等はお休み、なので、目的もなくふらふらしている大人たち、住んでいる大人たちが、ブラブラなのだった。

目的は、東京国立博物館の敷地内に建てられた、「一角座」という映画館。博物館は休みだけど、映画館はやっていたのである。
新聞の文化欄をよく読む人であれば、国立博物館が独立行政法人となり、そのため収益確保のため、活動を広げ、こんな映画館ができたことや、映画館側としては、映画がテレビ局の奴隷となっている昨今、収益性よりも砦として、実験的にこのような映画館が作られたのである。そんなわけで、わけのわからない映画をやっているので見に行くことにした。

「ゲルマニウムの夜」という映画でして、予想どうり、分けの分からない映画なのだった。でも、「分からないこと」というのはたいてい「新しいこと」なのであり、絶賛はしないにしろ、それなりにはおもしろかった。
映画は、同性愛の香りがぷんぷんなのである。映画の内容は必ずしも同性愛を語ってはいないが、アンモラルな感じがする話である。まあ、一般的に同性愛者はモラル的だけど。

最近、読んだ本に、戦後直後、上野の森は、男娼が集まってきたところであったらしい。有名な事件としては、戦後すぐ警視総監が上野の森の視察に来た際、男娼の一人が石を投げたという事件があるそうだ。その後、きっと売春禁止法のからみで、男娼は排除されたのだろうが、たかだか60年前までは、男娼が商売をやっていたということになる。
その後、ホームレスやパキスタン人?の集まる場所と上野の森はなる。いまでは、そのどちらも、公権力によって排除されている。それがいいことかどうかは、答えはないが。

まあ、最近、ラジオで江戸時代、江戸は参勤交代の関係で単身赴任が多く、男女比が男に極端に偏っていたため、男色の文化が花開いたといっていた。それで、その根拠を調べに本屋に行きその関係を研究している人は必ずいるもので、その関係の本を読んだりする。

でも、江戸の男色と、現在のゲイは結構、違うとは思う。

江戸時代のことを知ると、なぜ明治以降ゲイはアウトサイダーとなるのか、江戸から現在の同性愛的文化の変遷ということに興味はうつるのである。

単純に考えれば、アウトサイダー化は、富国強兵政策が産めよ増やせよ、ということである以上、生産性のない同性愛は否定されるし、国民の性そのものが国家の管理に組み込まれてくる。また、明治以降の歴史を考えれば、日本は西洋に認められることを求めており、ソドムとゴモラのキリスト文化では、同性愛は堕落なので、男色は日本政府にとって恥と考えられたことは考えられる。

進化論的には、同性愛的な遺伝形質も、排除されなかったわけだし、根本的な問題として、生き物にとって愛情とは何かということになる。特に、哺乳類ぐらいになると、子育てという要素があるし群れを組み始めるから、より複雑となる。人間の恋愛感情は果たして、男女のものだけにあるのか。恋愛感情は、親子や、兄弟、友達関係の間にある感情と区別できるのか。ということを考えてしまうけど、それはまた別の物語で。



2006.07.03 19:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

美容整形

いま、ちょっと旬なのは、美容整形。
個人的には、私となじみ深い大学名が出てきたので、へぇー、お金持ちが多いのねと思ったのでした。

まあ、美容整形をよく言う人は少ない。かといって、ブスを好きになるとブス専とか言われちゃうので、やっぱり、美人がよければ、美容整形でもいいじゃないのってことになります。まあ、ズラみたいなものには違いない。美容整形しているということは、根はブスということか。でも、まあ、実際にはそういうこともなくて、美しいものをより美しくしている人の方が多いのではないだろうか。

まあ、ホリエモンと同じで飽くなき欲求ってやつです。でも、ホリエモンに「お金で買えないものはない」っていわれると、ちょっと嫌な感じだけど、同じことを中村うさぎに言われたら、納得しちゃうよね。まあ、中村うさぎは、そんなこと言ってないに違いないけど。

歴史的に見れば、身体を傷つけて、社会的な美を追究するのが、人間の性(さが)というものでしょう。でも、文明が進むほど、極端に大きな穴を開けたてなんか詰めたり、纏足にしてみたり、っていうのはなくなるのよね。なんでなんだろうねえ。きっと、自然VS人間という図式が崩れてくるからなのかなあ。自分の痛みに耐えることが、自然と闘うために必要だったりってことかなあ。でも、きっと違うなあ。

私は、テレビを見ないのだけれども、世論っていいましょうか、その中に、セレブな生活を見せびらかすからそういう目に遭うのだ、というご意見があると聞きます。そう思うのも、仕方がないけど、まあ、そう思っていた人は、先日まで、犯罪被害者の気持ちになれば死刑も当たり前よねえ、って思っていたのだと思います。まあ、移り気なのは、メディアがそうなのだから、仕方ないとは思いますが。



2006.07.03 01:27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

wiki

新しいものが好き。女房と畳は新しい方がいいのだよ。

というわけで、早速、Wikiに挑戦。
今話題のWikiである。
なんでも、みんなでHPを作ろう!というものらしく、簡単に言えばホームページをだれにでも編集可能な状態でインターネットにおいておく、ということらしい。それにより、寝ている間に、こびとが靴を作るように、寝ていても、世界の誰かが内容を作ってくれて、ホームページができてしまうのだ。
Wikiで有名なのが、インターネットフリー辞典「ウィキペディア」なのである。

まあ、そんなかんじで、作ってみました。旅行のページ。さあ、どんどん編集してね。
おまけで、yomokenとはというWikiも作ったので、あなた好みの私にできるかも?

まあ、かといって、どう考えても、このブログと同様に、不人気ウィキになる予定。まあ、なんでも新しいことはやってみたいのだし、私は結局、ひとり上手なのだ。
そのうち、レンタルSNSをつかって、一人ソーシャルネットワークを始めるんじゃないか、という予感もありますが。でも、メンバーとかめんどくさいので集めないに違いなく、ひとり上手。ちょっとやってみたい気もしてくるけど、やっぱり、それはかなり虚しいに違いない。



2006.07.01 23:28 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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