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師走

もうすぐ、師走だ!

モロ師岡も走るに違いない。
モロ師岡って、高校の時の文化祭でコントを見て、感慨深いコメディアンなんだよね。

そうか、あれから、もう10年以上の歳月が流れているわけだね。

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2006.11.30 00:15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

映画と小説

映画とその原作小説だと、おおむね小説の方が評判がいい。
それは、小説の方が細部にわたる描写があるし、なにしろ、読んだ人の理想の人物が描けるからである。
悪いやつなら、職場のあの人みたいな人、
昔好きだった人物なら、高校の同級生のあの人、を思い浮かべるからだろう。
と、いうことになっている。

映画というのは、映像としなければならないので、主として監督が適当と考える役者、を登場させねばならないから、自分の想像とのギャップは埋めようがない。

さて、「虹の女神」という映画に感動したので、虹の女神―Rainbow Song / 桜井 亜美という原作、というか、ノベライズを読むが、おもしろくなかった。
映画とはかなり違って、別の物語と考えるべきだろう。
それに、驚くべきことに、行間がないのだ。
すべて、心の細部にまで、語られてしまう。語ってもいいけど、それ以上のものが存在しないのだ。

それに、映画には、性描写がないが、小説の性描写が、下品と思った。
まあ、性描写なんて下品で結構なのだが、映画のほうが行間があった。
映画でも小説でも、語れないもの、表現されないもの、こそが重要なのである。
本当に大切なものは見えないんだよ、である。

まえに、「嫌われ松子の一生」という映画もおもしろかったので、小説、これは、ベストセラーだったけど、を読んだが、やっぱりおもしろくなかった。
でも、この小説だから、あのめちゃくちゃな映画も作れるのだ、と妙に納得したものだった。
小説の無駄な部分をそぎ落とした、という点で映画の方が優れていたと思う。

まあ、そんなに、小説は読まないので、たまに、小説を読むとそんなことを思うのでした。



2006.11.27 21:23 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

よごれちまった

そう、みんな汚れちまったのだ。

年末といえば、ボーナスである。
ボーナスの歴史は、きっと色々あるのだろう。
とりあえず、年末ジャンボが発売となった。
3億円ですって。
人間が、一回の射精でだす精子の数は、1億から4億匹。
精子の単位は匹なのかしら。
それぐらいの一円玉が宙に舞うのです。
例えが下品ですね。
マンボーが一回に産む卵が3億だそうなので、それぐらいの一円玉が宙を舞うのです。
でも、一円玉だとそうだけど、一銭硬貨なら、300億銭。
銭形平次が投げた寛永通宝が、一文銭だとすると、3000億枚が宙に舞う計算になるのです。

そう、そんな資本主義社会。お金を使うことが、その社会に参画できる唯一の条件。
お金を使わねば、社会は回らないのです。銀行に預けるもよし、株に投資するのもよし、タンス預金だけはよくないかんじです。でも、まあ、そんな単純な社会でもないには違いないけど。
そんなわけで、散財をする。
旅行好きなので、GPSがほしい、のが最近の希望。
PDAにつけるGPSを買ったのですが、なんとも感度が悪くて、一度も現在位置が分からない。
それで、いろいろインターネットで調べたりしている今日この頃。
でも、PDAのGPSのために、PDAも買ったのだ。
そして、またお金を払わねばならなくなる。資本主義って感じです。
まあ、それも、ボーナスが出るから、財布のひも、まあ、財布にひもなんかついていないけど、美しい日本語ですね、そんなひもがゆるむのである。

そんな、ことを考えながら、東京駅を歩いていたら、外人にチラシを渡され声をかけられる。
うむ、駅構内でチラシを配るとは怪しいと思うけど、話を聞くと、ボストンから来たミュージシャンで、自作CDをあげるから、気持ち程度のお金が欲しい、とのことである。
最初は、なんかの宗教かと思いましたけど、ミュージシャンという言葉に気をとられ、そうか、こんな極東の地まできて、CDを売り、旅費を稼いで、と勝手な物語が頭に浮かび、まあ、悪い人でもなさそうなので、500円を払ったのでした。
電車に乗り、もらったチラシを見ると、「クリシュナ意識なんとかなんとか」と書いていりまして、新興宗教の関係の人だったと知るのでした。まあ、そうでもなきゃ、駅構内で商売はしないよなあ、とも思うのでした。
家に帰って、検索すると、インド発祥の宗教で、欧米進出を果たしたが、組織が大きくなるにつれ、求心力を失い分散化しているのだそうだ。本当かどうかは知らん。
でも、カルトとして認定されているらしい。
クリシュナについて、検索していくとなかなかおもしろかった。インドの宗教や民俗については、未知なのだった。

まあ、宗教の根源的な力は、もはや新興宗教的なものにしか存在しないのかもしれないとは思うけど、個人的には世俗的な、ご都合主義的な土着化した宗教の方が好きなのよね。
まあ、私は、神なんか信じないけど。
宗教も、人が作り出したという点では興味深い。でも、科学的な思考のほうがおもしろいことが多い。進化論と創造説なんか、進化論の方が宗教よりも宗教的な面もあり、おもしろいもの。

まあ、そんなことを考えた一日でしたとさ。
買ったCD聴きましたが、先入観のせいか、頭がくらくらしました。



2006.11.25 02:52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

渡良瀬川

どうしようかと迷ったが、結局、旅行した。
一泊二日であったが、天気予報は、両日とも雨、しかも、二日目は月曜日。国内で、雨の月曜日は、一番観光に向いてない。
博物館とか公共の施設が、休みに設定されているからだ。
いつも思うのだけど、ちょっとは、近隣施設で休みをずらすなどすればいいのに。そうすれば、月曜だからって、どこもやってないということにはなるまい。
それから、体調も思わしくなかった。
二日目は、頭痛に悩まされたけど、帰ってきて一眠りしたら、意外と、爽快なかんじで、毒抜きといった感じだったのだろう。

今回は、わたらせ渓谷鉄道に乗りに行くことが目的。
旧国鉄足尾線で、第三セクターなのである。近々、早ければ2007年度内にも廃止の予定。収支が改善すれば、存続もあり、という感じである。
のってみると、わりとローカル私鉄としては、がんばっている感じがした。団体旅行の利用もあったし、マイタケ膳列車も走っていた。それでも、平日の日中は、空席が目立つ。

渡良瀬川といえば、田中正造である。足尾鉱山鉱毒事件の舞台である。とはいえ、川自体にその面影はないが、足尾の山を見ると、確かに、鉱山跡という感じはする。
とはいえ、閉山し、公害事件も、今となっては歴史なのだ。
最近の廃止のローカル線は、鉱山からの貨物輸送を前提とした路線が目立つ。
くりはら田園鉄道は宮城県の細倉鉱山、神岡鉄道は岐阜県の神岡鉱山を結んでいるローカル線で、どちらも、もうじき廃止予定である。神岡鉄道は、数年前までは貨物輸送も担っていたけど、現在ではトラックに切り替わっている。

鉄道というのは、人を運ぶよりもまず先に、ものを運ぶことを考えて作られているのである。それは、戦前ぐらいまでは、今ほど人の移動がなかったからでもある。今では、人は動きまくっているのだ。
なので、ものを運ばず、人も過疎化とモータリゼーションで運ばなくなると、廃止されるのも、致し方ない。

神岡鉱山は、まだ、生産を続けていて、富山のイタイイタイ病の原因ではあるけど、地域では重要な産業であり、郷土資料館に行っても、イタイイタイ病の鉱毒事件については一切ふれられていないのが印象的だった。

その点、足尾銅山は、国語の教科書にも載ってしまうほどの事件だから、経緯は展示してあった。
今の教科書にも、田中正造は載っているのか分からないけど、なぜか、私の年代では、どんな人にも印象に残っている人物に違いない。結構、不思議でもある。



2006.11.22 00:33 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(4) |

クリスマス

連休は出かけようと思っていたが、仕事でやらなくていいことをやって、失敗。
そんなショックで、モチベーションが下がってしまいました。
ダメなときは、何をやってもダメ、なのかしらねえ。

家にいるのもなんなので、街へ出ましたが、もう街はクリスマス装飾。
クリスマスを先取り、なのだった。

私は、クリスマスは嫌いな方なのだけど、別段、サンタからプレゼントをもらったこともないしねえ。まだ、11月なのにねえ。紅葉もまだ見ていないのに、この有り様です。

今、ちまたでは、自殺でがんがん人が死んでいるっていうのに、クリスマスムードも何もあったもんじゃあないでしょう。などといってみても、街はクリスマスなのであった。



2006.11.16 18:31 | 日記 | トラックバック(1) | コメント(2) |

ASIMOくん

HONDAのASIMOくん。
日本のロボット工学の最先端の結晶である。詳しくは知らんが、ホームページで動画を見るとかわいらしい。

きっと、開発している技術者は、溺愛しているに違いない。
人間の特殊能力で、タランチュラや巨大トカゲ、巨大蛇、毒蛇にも愛情を感じ、ペットとしてかわいがることも出来るので、いわんやロボットをや、である。

ASIMOくんは、お辞儀が出来たり、あいさつをしてくれたり、お茶を運んでくれたりもする、挙げ句の果てに、時速6キロで走るのである。
そんなASIMOくん、民生用なので、レンタルが出来ます。
月額、1900万円ほど。
3億円あれば、16ヶ月ほどレンタルできるのである。まあ、個人レンタルは、お金があっても難しいのだろうけど。

かわいらしいASIMOくんと16ヶ月暮らすのと、3億円もらうのどちらがいいと問われば、新しいものが大好きな私でも悩むところである。2千万とASIMOくん一ヶ月なら、まだ、ASMOくんと答えられそうな気はする。16ヶ月ASIMOダンスを見るのもつらいだろうしなあ。それに、基本的に、一日3回各30分が動作限度だし。

それでも、3億円よりも、ASIMOくんとの16ヶ月を選べる人がいたら、尊敬に値すると思うのである。

まあ、某ホームページのパクリネタでした。



2006.11.14 01:57 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |

キミが目くそなら、ボクは鼻くそ

落ち込んだときには、やっぱり、旅行をしたい。
今度の連休はどこへ行こうか。

最近、思い出したことは、小学校ぐらいの時、社会見学で下水処理場を見学した。併設の汚物処理場も見た。
汚物とは、家々からバキュームカーで集めてきた糞尿のことであり、それらを処理する工場である。なので、くさい。

江戸時代の歴史を知っていれば、江戸の糞尿が江戸近郊の農業を支えていたのはご存じの通り。お江戸でござる、の知識である。
初めは無料だったが、近郊農業の広がりによって、もらいに行く農家が増え、仲買人が現れ、そのうちに値段がつき急騰、作物の値段も上がり、幕府が介入するまでになった。
まあ、しだいに、肥料も多様化していくし、糞尿の依存率はそれほど高くなかったともいわれるが、いまでは、足蹴にあしらわれる糞尿も、それなりに価値があったのである。

で、社会見学の話である。今でも、友達などと話すと、糞尿は下水に流されると思っている人もいるけど、それは、ごく一部の地域の話で、多くの地域では肥だめにためられ、バキュームカーで運ばれる。
で、処理され、肥料となっているそうである。
たとえば、同じ街に住む愛しいあの子の糞尿と、私の糞尿は肥料として、一緒に、新しい命をはぐくむ、美しい輪廻の話となったところで、お後がよろしいようで。

という話なのである。



2006.11.13 15:13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

憂鬱な感じ

私って、影響を受けやすい。
映画を見たあと、その世界観に引き込まれてしまうことがたまにある。まあ、だからって、その映画がいい映画かどうかとは別の話ではあるのだけど。

先日見た「虹の女神」は、確かに、いい映画だと思う。心に小骨が刺さった感じがする。映画の技術として、観客の思い出と反応させている、ということは分かるし、そんな監督たちの手法にうまいことのってしまったのも確かである。

気持ちを分かってもらえなかったことも、勇気がなかったことも、相手の気持ちを分かってあげられなかったことも、たぶん、生きていれば、それなりに、みな経験していそうなことには違いないけど、そんな思い出たちに、心が支配されてしまう感覚。それは、たいしたことでないと思い込んで、忘れたかったことのはずなのにね。

まあ、だからといって、何をするわけでもないけど。
「ストロベリーショートケイクス」という映画で、里子が「恋がしたいなあ」という台詞を思い出したりして、身にしみたりもする。まあ、そんな心境なのかしら。
まあ、このブログが、女性のブログなら、人気殺到しそうな台詞だけどね。



2006.11.11 19:39 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

恋愛映画その2

最近、お仕事でお疲れ気味なのであった。
まあ、仕事で疲れるなんて、もったいない、もったいないお化けが出そうなことではありますが、一日寝ていた。目が覚めると、PM6時頃で、それから、8時頃までまた寝て、レイトショーの映画を見に行く。

虹の女神」という映画なのでした。
先に見た「ただ君を愛している」とテーマ的には似たところもありますが、鈍感な男性への片思いを描いた映画なのでした。監督よりも、岩井俊二がプロデューサーということで話題なのでした。

虹っていうのは、きれいなのだけど、実際、虹の7色は?、と問われれば、答えられない。
それに、虹っていうのは、いつか消えてしまう。それを、写真でとる。いつか消えてしまうものだから、フィルムに残す。美しいものをフィルムに残すというのは、無常というものに対して行う一つの抵抗なのかもしれない。

上野樹里がヒロイン役なのだけど、とりたてて美人でも、かわいくもない感じで、気が強くて、世話好きで、男にとってそれほど魅力的でない感じの女性をうまく表現していた。そんな普通ぽっさがこの映画の魅力なのである。
映画で描かれる恋愛、ストーカー的なものであったり、バツイチ30代半ばの女性であったりの恋愛、それ自体正常ではないが、素直な形である。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い、結婚するためには手段を選ばない。それ自体は、間違いではない。

上野樹里役のあおいも、手段を選ばなければ、違った展開もあったのかもしれないが、それでは映画にはなるまい。でも、あおいは、それなりに、片思いの相手である智也にたいして、愛情表現はしている。観客からすれば、それなりにストレートである。でも、智也は気がつかないか、気がつかないふりをする。気がつかないふりとするならば、ちょっと残酷な気はする。設定としては、鈍感な男なので仕方ないのかもしれないが、違和感は残った。

岩井俊二ゆずりのような、きれいな映像はすばらしいし、見ている人の思い出に訴えかけてくる映画である。そんな、岩井俊二っぽさが映画の魅力の一つなのだけど、残念な点の一つでもある。



2006.11.11 03:32 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

恋愛映画

インターネット生活も佳境に入って参りました。

無事、ユーチューブにも初コメント&評価がつきました。
フォトログも、お気に入り写真に登録してくれる人も出来ました。
世界制覇へ向けて、着々と進んでいるのです。
最近、映画の感想は、ヤフーの映画レビューを使えば、いろんな人が見てくれるらしい。
しかも、支持する人はクリックしてくれるらしい、ということで、なんか、おすぎになった気分が味わえます。

さて、最近恋愛映画を見ました。

ただ、君を愛している
 いま会いに行きますの監督と原作者がコンビを組んだ2本目の映画ということだね。
 正直に言いますと、宮崎あおいはかわいい。かわいすぎるのである。なので、キャラクターの設定、「誰も恋愛対象としないような宇宙人的少女」に、なっていない。篠原ともえぐらいが適当な配役だったような気がするけど、宮崎あおいがかわいいから、それを見れただけでもよかったのかもしれない。

 物語は、私は、面食い男の悲劇、だと思っている。
 だって、主人公の男はただの面食いだ。黒木メイサに一目惚れする。黒木メイサは美人だから、宇宙人的少女はその男の子とが好きなので、自分も大人びた美人になろうとする。
 個人的におもしろかったのは、宇宙人的少女がめがねを外すと美人ということを知ると、初めて、その少女が好きだと気がつくのである。まあ、きれいに描いているけど、ただの面食いじゃないか、純愛じゃない、と思うのである。でも、物語は、最後にはきれいにまとめられて、純愛映画で売っている。
 もし、主人公の男が面食いじゃなかったら、もっとハッピーエンドで終わっていたには違いないけど、まあ、それでは映画にはならない。
 アイデア自体は、いま会いに行きますっぽくて、好きなのだけどね。



2006.11.06 00:24 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

いじめっ子

いじめは、やめましょう!
ということで、今度は、いじめっ子を無視することにしました。
いじめっ子を、トイレに呼び出してみることにしました。

当然、いじめをするようやつです。やつのおかげで、この学校のイメージは悪くなり、観衆の好奇心を満たすだけの学校になってしまったのだから。

いじめっ子に制裁を食らわすのは、やっぱり正義。
正義なんだってば。



2006.11.05 04:11 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |

トンマッコルへようこそ

韓国映画、「トンマッコルへようこそ」をみました。
映画としては、とってもよくできている映画だと思います。
とても、おもしろくて、さすが韓国映画、と思うのでした。
でも、不満もそれなりに持ちました。

まず、米軍を悪く描きすぎ。
それから、戦争という手段に対しては、戦争という手段で対抗するしかないのか?ということである。

朝鮮戦争時代、トンマッコルという、いわば桃源郷のような秘境の村に、不時着した米兵、遭難した北朝鮮の兵士3名と韓国軍の兵士2名が同居する。村の人たちは、拳銃がどんなものかも知らないから、拳銃をつきつきられても、おそれない。いわば、戦争という文法を知らない人々なのである。そんな村で、6人の兵隊さんは戦争のことも忘れて、楽しく暮らすのだった。
そんな村なのだけど、なんだこんだで、米軍が、北朝鮮軍が潜伏している村としてトンマッコルへ絨毯爆撃をかける計画があることを知る。彼らが、トンマッコルの村を守るために迎え撃つという物語である。

まあ、おもしろかったのだけど、最後は普通の戦争映画になってしまったような気がする。
トンマッコルのよさは、戦争を理解できないこと、武器の意味も理解できないことなのである。それが、この映画の思い描く理想郷であり、平和なのだ。でも、そんな理想郷を守る手段も、結局、武器でしかないのか。敵の米軍機を落とし歓喜する。結局、「守りたいもの」が変わっただけなのだ。軍人は軍人なのだ。
この映画は、皮肉なのだろうか。



2006.11.01 21:36 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ブーム

自殺ブーム、到来。
まあ、数年前からそうなのだけどね。

老いも若きも、いじめられっ子も、校長先生も、自殺しまくりなのだった。
でも、自殺するとねえ、地獄に行くらしいよ。聞いた話だけど。

幸いにして、自分の周りで自殺した人はいない。まあ、運がいいのかなんなのか。

自殺も、自己表現の一つには違いない。
真面目なんだよね、新聞に載っている遺書などを見ると。
まあ、人によって、理由は違うのだろうけど。

日本っていうのは、逃げ道がないだろうね。
ここじゃない何処かが。



2006.11.01 00:50 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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