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金時山

CIMG2436.jpg


久々に、山登り。
金時山である。

サラリーマンでない金太郎の発祥の地である。
時代は平安時代までさかのぼる人物だそうである。
まあ、武士のはしりの時代の人物で、東国の武士政権鎌倉時代を経て、武士の時代のなかで、伝説が大きくなって、まさかりを担ぎ出したのだろう。

箱根の冬は、隠れたベストシーズンと言われていて、空気が澄んでいるので、富士山がよく見えるのだそうである。朝起きて、ホテルの窓から、富士山が見えたので、暖冬だし、雪もないだろうから、登山をしようと思うのである。

金時山から、乙女峠へ抜けるコース。富士山をながめるのはちょうどいい。るるぶによると、2時間半コースである。でも、ガイドブックには登山の準備をして登りましょうと書いてあったので、コンビニで遭難したときのために、おにぎりと飴とペットボトル3本を購入し、早速、登る。
中年の夫婦や女性の団体の登山者が多く、そんな人たちは、絵を描いたような登山者の格好をしている。リュックに、がさがさ音がする防寒具、帽子、杖。まあ、事故にあう危険が少なくなるのは確かだろう。
それに比べて私の格好は、わりと街を歩くときと変わらない感じである。金時山を甘く見ているのである。
探検はいかにあるべきかを考えると、歴史的な西洋の探検家たちは、写真では、たいてい、背広っぽい服を着て、原住民と写っているものである。
つまり、登山などの探検は、西洋文明人の代表として、そこであう人々に失礼になってはならぬということなのだ、と思うのである。まあ、金時山に未知の金太郎がいるということもないだろうが。などと、理屈をこねくり回しながら歩くのである。

山登りは、初めの3分がきついけど、そのうち、なんだか楽しくなってくるものである。でも、平坦な道や、下り坂がしばらく続くと、また登りがきつくなる。でも、3分ぐらいでまた楽しくなってくる。
これがうわさの脳内麻薬なのであろう。
結構、急な上り坂。

さて、金時山の頂上に着くともやっていて、富士山なんかみれませんでした。残念。
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2007.02.27 02:00 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

オリエント急行

箱根、仙石原へいった一つの目的は、オリエント急行に乗るためであった。

仙石原に、ラリック美術館という施設があって、そこに、ルネ・ラリックという人が内装をデザインしたオリエント急行のサロンカーがおいてあるのである。動かないが本物である。

何年か前の鉄道雑誌で紹介されていて、仙石原へ行ったのなら、乗ってみようと思っていた。
でも、まあ、ルネ・ラリックなんて人は知らなかった。なんでも、19世紀末から20世紀初頭にかけてのガラス工芸の芸術家だそうである。
なるほど、高級そうなガラス工芸品が展示したあるのだけれども、初めは、高級そうなのは分かるのだが、「よさ」がわからない。でも、不思議と後半の展示をみると、それなりに、「よさ」が分かるような気がしてくるのが、美術館による学習効果なのだろうか。

ガラス工芸品には、化粧瓶なども含まれており、居室装飾的なものだけではなく、いわゆる生活雑貨的なもののデザインにも取り組んでいたようである。まあ、生活雑貨といっても、庶民が手軽に手を出せるような値段でもないのだろう。

想像しながらみると、現在のように、大量消費時代前夜、という時期だったのかなあ、と考えるのでした。個々人のライフスタイルにあった、家具のデザインなども考えていた人であり、そういったものを工場生産で行うという発想が、今風なのだと思う。職人の受注生産では間に合わない消費というものを感じたのだった。

で、オリエント急行なのであるが、サロンカーに乗るには、入場料1500円に加えて、特別料金2100円を払わねばならないのである。3600円の出費は大きいとはじめ思っていたけれども、乗ってみると、あら、ソファーはいい感じだし、スタッフの説明はおもしろかったしで、満足、満足なのだった。
コーヒーポットとケーキ付きなのであり、ポットには3杯分のコーヒーがはいっているので、街の喫茶店で一杯500円くらいだから、コーヒーだけで、1500円、ケーキで600円と考えたり、まあ、貧乏くさい発想ではありますけど、そんなに損でもないんだなあ、と考えたりしました。
実際、オリエント急行にのると、何十万円もかかるのだろうから、30分で2100円で気分だけでも体験できるのは安いのかなあ、おすすめなのである。

現在のオリエント急行がどんな感じなのかは知らないけれども、現在の日本の鉄道にはない重厚さというのはうらやましい感じです。今の日本の鉄道は、軽いステンレス車で、安上がりなかんじで、重厚さが全くないのです。そんな、重厚さが落ち着いた感じを醸し出している、オリエント急行いいなあ、乗りたいなあと思う始末でありました。



2007.02.25 00:17 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) |

まとめ

しばらく、更新しませんでしたが、別に具合が悪かったとか、そんなことはありません。
昨日、今日は、箱根へ行ってきました。
月に一度は、一泊旅行というのが、今年の目標なのです。

まあ、箱根も、なんだかんだで毎年いっているので、今回は、仙石原へいこうと思って、何も考えずに、インターネットで、仙石原と名前がつくホテルを予約したのですが、意外にも芦ノ湖の方のホテルでした。まあ、地域的に、仙石原なのだろうけど。
シーズンオフでして、湿地の公園もお休み。

仙石原を満喫とは言えませんでしたが、いってみたかったススキの原は、よかったです。
CIMG2423.jpg
まあ、旅行の感想などはまたの機会に。


ところで、前に書いた、アジアカップ麺の返品。
めんどくさいと思いながらも、メーカーに送り返しました。
すると、300円返ってきました。
90円くらいで買ったので、210円儲かったわけです。
100個買っていれば、21000円儲かったのになあ、と思うと、とっても残念な気分です。虫とか異物が入っていそうな製品を大量に買うという儲け方もあるのやもしれません。

また、先日書いた、「人情チョコ」の件。
某有名サイトで、なんか似たようなことを書いていました。
個人的には、私の方がエスプリがきいているようにも思うけど、gooの辞書検索を使うところなんかそっくりちゃんです。まあ、彼女が私のブログを読んだ可能性はほとんどないだろうし、まあ、義理の対語の人情という言葉を使うなんていうのは、わりと陳腐な発想だったのですね、と反省しました。
でも、これがさ、朝日新聞の社説だったりすると、大事になるわけですよね。
社長が、謝罪しちゃうみたいな。
私は、別に読んでいなかったし、盗作も参考にもしていなかったので、謝罪はしませんけどね。難しいものだなあ、と思うのでした。




2007.02.22 23:36 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |


マイブームの東京散歩。

今日は、梅をわざわざ見に行ってきました。

世田谷の羽根木公園の梅です。まあ、梅の名所、にあげられている場所である。


そこから、旧北沢川に沿って、歩いてきました。

北沢とは、下北沢という地名の方が有名な、その北沢である。

関係ないが、九段下、という地名は有名で、知っていたけど、ある日都営バスに乗っていたら九段上というバス停があって、九段下があるということは、九段上もあるんだなあと妙に納得したことがある。

戦後、世田谷周辺は、住宅地として開発されたので、農業用粋として使われた北沢川は、用なしになり、生活排水などで汚れたため蓋をしてしまったのである。その上が、遊歩道として整備されていて、散歩にはちょうどいい感じでした。小川が流れたりして、結構きれいに整備されていた。

桜並木もあって、桜が咲く頃にもう一度来てみたいものだと思う。

暖冬のためか、一本だけ桜が芽吹いていました。まだ、2月だというのに。

世田谷という地名をよく考えてみれば、「谷」の名前なのであり、北沢川がちょうど。世田谷の「谷」を形成させたということが歩いてみると分かる。左右が、坂になっていましたから。

世田谷は、なく子も黙る高級住宅街であり、平たい感じである。

私は、生まれたときからオトナになるまで、マンション暮らしであったためか、マンションが建ち並ぶ風景というほうが、なんだか安心感があると思うのでした。高級住宅街を歩くとなんだか落ち着かないのでありました。



このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。


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2007.02.15 02:29 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

義理と人情

「義理チョコ」という言葉を聞くと、いつも、「人情チョコ」という言葉を提唱したい、と思うのである。


gooの辞書検索だと、「義理」の意味は以下の三つぐらいが代表的である。

ぎり 2 【義理】

(1)物事の正しい道筋。人間のふみおこなうべき正しい道。道理。
(2)対人関係や社会関係の中で、守るべき道理として意識されたもの。道義。
「―を欠く」「―と人情の板挟み」「今さら頼めた―ではない」
(3)他人との交際上やむを得ずしなければならないこと。
「お―で顔を出す」

(3)ぐらいの意味で、義理チョコという言葉は成り立っているに違いない。
個人的には、任侠もの映画が好きなので、「義理」という言葉には(1)の意味を強く感じる。でも、たいていの任侠ものは、「義理と人情」という言葉には、(2)の意味合いが強いのかもしれないが。
まあ、考えてみると「義理」という言葉には、(1)と(3)の意味の乖離は、かなりあるといえる。


では、人情とはどういう意味か。

にんじょう ―じやう 1 【人情】

人間が本来もっている人間らしい感情。特に、人に対する思いやりやいつくしみの心。
「義理と―のしがらみ」「―に厚い土地柄」

なんかソフトである。「人情チョコ」という言葉は、「義理チョコ」にはない、かなり優しい感じになる。寅さんがふらっと現れる感じになる。
任侠ものは、最終的には、人情をとるのである。でも、たいてい人情をとると悲劇が待ってるのだけれども。
そんな悲劇がまっているとも知らずに、おこなわれる「人情チョコ」という風習は、いい感じだと思うけどなあ。

まあ、テレビなどでは、批判されている「義理チョコ」なのだけどね。
それは、日本人の特徴というか、結局は形式化してしまうからなのだろう。
年賀状もそうだし。
まあ、文化人類学の教科書にある、モースの交換という概念のように、交換こそが社会的関係なのである、とか適当なことをいって、「義理チョコ」を正当化することは簡単であるのだけれどもね。なんちゃって。



2007.02.15 01:06 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |

CIMG2370.jpg


東京は、マンションだらけである。
角。



2007.02.14 02:51 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

パンダ

パンダである。


最近、東京散歩をしようと思い立って、昔、買った東京の散歩コースを130ぐらい載せたガイドブックを見ながら歩く。
上のパンダは、ときわ台駅近くの商店街の写真である。
ときわ台駅と言えば、今話題なのだけど、そんな事件の数日後、何も知らずに、踏切を通る電車の写真を撮ったりしていて、不謹慎といえば不謹慎な感じはする。


で、そんなときわ台で見つけたパンダである。





2007.02.13 01:49 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

魂萌え!

魂萌え!」と「愛の流刑地」を見る。
どちらも、どちらかといえば、おばさん向け映画といわれている。「愛の流刑地」は、渡辺センセの原作なので、どちらかといえば、おじさん向けと言っていいのかもしれない。

「魂萌え!」は、おもしろかったです。
主人公の主婦は60歳を直前に、突然、夫を亡くします。そして、長年連れ添った夫の知らなかったことを次々と知っていくという映画です。
浮気相手がいた、というのがこの映画の中心なわけですが、正妻の制度的な強みと、浮気相手の愛情的な強みが戦われるのですが、それが実によかったように思います。どちらも、悲しいのです。
でも、少なくとも、浮気相手には、主婦の夫からの資金援助でお店を持っていています。

主役の主婦は、途中、妻子持ちのおじさんと浮気したりもしますが、価値観の相違により分かれてしまったりします。
映画の全体の雰囲気からいうと、愛というのは、絶対のものではない、ということがいえるのだと思うのです。うきうきはするけど、絶対のものではない。
それは、時代の流れのような気もしますし、寂しい感じもするのですが、現実なのかもしれません。

そんでもって、「愛の流刑地」にいたっては、愛とは至上のものなのです。まあ、渡辺センセの原作だから、しかたないのですが。
「失楽園」もそうでしたけど、旧来の恋愛の価値観、貞操観念というものがあってこそ機能する物語なんですよね、結局。
世間の価値観からの乖離による苦悩、まあ、小説っていうのはそういうものが多いのですが、それで終わらせちゃうのが、渡辺センセの物語だと思うのです。だから、最後に死をもってくるしかない。
批判してしまいましたが、寺島しのぶも、豊川悦司も好きなので、二人のベットシーンがみれるなんて、よかったし、まあ、軽い映画と思ってみたので、楽しめましたけど。

新鮮さや現実っていうものを描くという点からすれば、「魂萌え!」のほうがよかったかなあ、と思うのでした。



2007.02.12 01:37 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

生き物に生まれたことについて

機械、機械と騒がれている昨今、私は少なくとも、生き物に生まれてしまったことだけは確かだ。まあ、自分で自分のことを人間だとは思っているが、それは、人に育てられた犬が自分のことを人間だと思っているだけかもしれない。
まあ、犬にしても、私は、生き物であるということには代わりはない。

そんなことを考えたのは、最近読んだ「昆虫にとってコンビニとは何か?」という本を読んだから。

簡単に本の内容を言うと進化論的無常観である。
著者は、カメムシの研究家であり、昆虫マニアであり、身をもって、一般の人間にとって興味をひかないような昆虫の種の絶滅を知っており、同時に、人間によって作り替えられた環境に適応している昆虫も知っている。そして、昆虫を含めて、様々な種の絶滅は、人間の本能によって、救うことは出来ないであろう、と諦めている。別に、環境破壊によって、様々な生き物や人間が滅んだところで、地球の生物の歴史を見れば、繰り返されてきた「大絶滅」のひとつに過ぎないと考えている。

一つ考えたのは、進化論と無常観とは相性がいいということだった。
別に、神によって創造された世界ではないので、あるべき世界などは存在しない。
常に、世界は造り替えられている。


最近読んだ新聞の記事によれば、化石燃料による地球温暖化は、かなり進んでいるらしい。日本の環境省は、温暖化でキャベツが丸くならくなるとか、コシヒカリがまずくなるとかどうでもいいような影響が発表されていた。心配するなら、海抜0メートル地帯だろうと思うのだが、新聞の見出しには載っていなかった。
でも、今の世界を作ったのは、昔、珊瑚が二酸化炭素濃度が高かった海の二酸化炭素を石灰化させたり、藻類の誕生で光合成によって、酸素濃度が上がり、挙げ句の果てにはそれによりオゾン層ができて地上に生物が進出する環境を作ったりと、生き物ってわりと地球を造り替えているのである。それにより、滅んでいる種ももちろんいるのである。
まあ、そう考えると、二酸化炭素が増えたところで、人間が滅びるかもしれないが、生物全体を見渡せば、生態の変化があるだけで、たいしたことではないのかもしれない。
人間様にとっては、大事には違いないけど、無常なんだと思うのだ。

少子化を憂いている政治家さんには読んでもらいたい本である。
別に、少子化なんてたいしたことではないのだ。ただ、構造改革、構造改革、っていいながら変化を嫌っているだけなのだ。



2007.02.09 03:11 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ゆとり

ゆとりって、いいよね。
とかいうと、ヤンキー先生に木刀で殴れそうですけどね。

思うに、最近の子どもは変だ、何でだろう。
俺たちって、変じゃないじゃん。
違いは、なんだろう。
俺たちの頃って、教科書の厚さくてさあ。ぱらぱら漫画とか作ってたじゃん。
今の子どもって、教科書薄いから、ぱらぱら漫画のコマ数が足らないんじゃない。
それにさ、俺たちセンコーに殴られてたじゃん。
きっと、それだよね。
そうだよね。

って、感じの話をしているんだと思うんですけど。



2007.02.06 02:53 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

お金がほしいと思う今日この頃なのでありましたとさ。

いまさらながら、お金っていいよね。
好きなものが買えるし、女の子だって買えるのだ。
ルンルン、な日々が待っているに違いない。
マリー・アントワネットみたいな生活も出来るに違いないのだ。
質素な生活なんてくそ食らえなのである。
なにが、清貧ですか。

でも、お金がないのでありましたとさ。
思うに、日本の生活コストが高すぎるのである。
中国なんて、一般の会社員給料なんて、一万円ぐらいな感じなんでしょう。つまりは、一万円あれば暮らせるのである。
国連などによりますと、世界で一日一ドル以下で暮らしている最貧民が、13億人だのといわれているけど、裏を返せば、13億人の人々は、一日一ドルでも暮らしていける社会を持っているともいえるのである。
何にも仕事をしてない人と、普通に働いている人との差が、日本では大きすぎるのだよね。
普通に働いていて、一日一ドルで暮らしている人と、何にも収入がない人の差は、120円ぐらいなものだけど、日本では、1万円ぐらい差がつくからねえ。

まあ、そんなことはどうでも良くて、お金がほしいねえ、と思うのでありましたとさ。



2007.02.03 22:51 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

マリー・アントワネット

大奥に続きまして、マリー・アントワネットを観る。今はやりの子供を産む機械な話である。

Yahoo!の映画評を見ると、たいへん評判が悪いけれども、私は感動しました。
ひとつは、私は現代日本の教養本「ベルサイユのばら」を漫画でもアニメでも見たことがない。史実に基づいているとフランスでも、評判のいい漫画ですから、そんな前知識がない。
ひとつは、世界史の教科書的には、マリー・アントワネットは庶民の敵として、描かれている。なにせ、ケーキ女ですから。
ひとつは、マリー・アントワネットに理想の女性像を観てしまったからでありましょう。まあ、美貌もあり、頭もよく、天真爛漫な感じ。

音楽もあいまって、品のよい青春映画のような気がしました。
14歳から始まって、何歳で死んだのかは知らないけど、20代前半までの物語だろうから、今で言えば青春真っ盛り。恋愛とか、友達と遊んだり、そりゃあ、そうしたいでしょう。
最後のシーンなんて、間違いなく青春映画の一シーンのようなんだけどね。
そして、時代の節目であり、きっと、マリー・アントワネットがパリの庶民として生まれていれば、間違いなく民衆の側にいたであろうと思わせること。でも、王族として生まれ、最後まで王族として生きることを選ぶあたりが、なんとも切ないのでした。

今でいうところの浮気相手とルイ16世との感情的な起伏がないので、わかりにくい感じはするけど、そこもまた、時代の節目なんだろうね。

最大の不満は、英語を話すこと。フランス語の空気があればなあ、と悔やまれるのでした。



2007.02.03 00:49 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

食品の安全とはとは

何気なく新聞の社会面を読んでいた。
いつものように、社会面の広告には、リコール対象の電化製品やら、食品会社の自主回収のお知らせやらが載っていた。

なにげに見ていると、カップのベトナム麺の原料の中国米に日本では禁止されている遺伝子組み換え米、が使用されており、自主回収すると書いてあった。
その商品は、数週間前に買った商品でまだ食べていないモノだった。

広告によると、お金を返すので料金着払いで送り返せとのこと。
くわしく、インターネットのホームページで見てみると、その商品の想定小売価格は180円。
私がスーパーの安売りコーナーで買ったのは、多分80円ぐらいだったと思う。
お金を返してくれるとのことなので、きっと、180円返ってくるだろうから、差し引き100円のもうけである。
そうなるとしていれば、もっと買っていたのになあ。

でも、実際送り返すのも面倒なのは確かだ。
返ってくるのはたかだか、200円程度だろうし。
カップ麺一個を送り返すのに、梱包するかどうか。梱包にお金はかければ損しそうだし。
色々考えるのだけれども。
別に遺伝し組み替え米を食べたところで、具合が悪くなるものでもなし。
食べちゃおうかとも思うのでありました。



2007.02.02 01:44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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