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KY

最近はやっているのが、KYという略語らしい。

インターネットで検索すると朝日新聞の珊瑚にKYと落書きされたねつ造記事に関するものがでてくるけれども、ある種の正義というか、朝日新聞を嫌う情熱というのは、すごいもんだなあ、と思うのである。もう、イヤよイヤよも好きのうちの世界だよね。

それで、KYとは、安倍内閣が空気を読めないという文脈で最近使われる。
私は思うのだが、KY、KYと騒ぐのは、いじめを助長するのではないかということである。

いかんせん、日本は空気に支配されすぎている。

空気に支配されすぎると、最後には自殺するしかなくなるような気がします。

別に空気なんて読むなんてことはどうでもいいのではないでしょうか。

もう、空気を読むのに疲れました。と、思うのである。
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2007.08.31 01:52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

悩みはつきないわけだが

日々、悩みはつきないわけだ。
ああ、つきないわけだ。

ミクシーなるものも、なんだかネタ切れなのである。
ああいうものは、積極的になんでも、やらなきゃダメらしい。

人様の日記を読んで、なんだかこんだとコメントを残し、挙げ句の果てには、マイミクになりましょう、と連絡する。
そもそもが、私の情動として、別段、特に、おもしろいことを書いている人もなく、仲良くならなくてもいいのだ、という点に納まってしまう。

また、私が、何が自慢できることの一つでもあれば、コミュニティにああだこうだとかければよいのだが、そんなかけることも実はないのである。まあ、書いたもの勝ちと思って、書けばよいにしろ。
たまに、自分が見た映画について、他の人が目から鱗が落ちるようなことを書いているのを見ると、「ははー」とひれ伏してしまうのである。


などと、マイナス思考なことを書いてみると、自分ってば、ネガティブって思うのである。ネガティブの逆は、ポジティブっていうよな。
ネガポジって、写真用語だよな。とか思うのである。ネガポジっていうのは、躁鬱みたいなものかなという素朴な疑問が浮かぶのである。


…書いていると、推敲したくなる。

そういえば、ネガポジなんていう言葉があったよな。ネガティブとポジティブってか。ネガポジって、躁鬱って感じなのかなあ。まあ、ネガポジっているのは、写真のフイルムなんだけどね。

っていうかんじの方が、なんだか流れ的にはよさそうだ。

まあ、世の中のことは、たいてい、どうでもいいことなのではあるけれども。



2007.08.28 03:26 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

Mr.インクレディブル

レミーのおいしいレストランで、映画を見て、アメリカンアニメのおもしろさを発見してしまい、レンタルビデオが半額なので、Mr.インクレディブルを借りる。

アニメといえば、日本が一番と思っていたけれども、井の中の蛙大海を知らず、というかんじで、やはり、世界で一番売れているのは、ディズニーであり、ピクサーのアニメなのだということを強烈に思い知らされた感じはする。

ディズニーのアニメは、センスはいいとは思うが、内容は子ども向けであるという印象が強い。ピクサーは、二本しか見ていないが、世界でいかに売るかという基本を押さえつつ、監督のメッセージ性、そして映像やシナリオで遊ぶ、という点がすばらしいのである。

Mr.インクレディブルをみて、松本人志の「大日本人」を思い出したりもするのだけれども、松本人志は、映画監督としては単純に下手なのだと思うのだった。



2007.08.27 01:38 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

レミーのおいしいレストラン

レミーのおいしいレストランを見る。
あまり、アメリカのアニメはみないのではあるが、映画のヒロインのコレットというキャラクターの顔が、あまりに私好みなので、見てしまう。

風の谷の少女と結婚したいとは思わないが、コレットとならば考えてもよかろう。

先日、アメリカアニメのシュレック3をタダ券があったので見てしまたっが、あまりにつまらなかったので、今回もつまらないかも、と思っていたら、すばらしかった。

期待が少ない分、評価が上がるというのは確かにあるが、ネズミが主役、という点で、すばらしかった。たいてい、人間と動物のファンタジー映画というのは、人間が、特殊能力のある動物を通じて、成長するというスタンスをとることが多いが、あくまでもネズミ中心で、人間様は狂言回しに過ぎないのだ。
ネズミが、人間世界でどう生きていくのか、という物語である。

むろん、ネズミというのは、人種問題であったり、色々な差別問題へのメッセージが込められているには違いなく、そんなメッセージ性をエンターテインメントで、さらっとかわしている。さらっと、さらっと、がとてもいい。

あとは、厨房という世界、ネズミの住む世界、アニメという表現でしか表現できない世界を、計算されたカメラワークでみせてくれるのには、脱帽したのだった。

まあ、ヒロインがあまりに私好みなので、ほめまくってしまうのだった。



2007.08.24 23:45 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

精神論

心頭滅却すれば火もまた涼し、というわけでして、クーラーなんてなくても涼しいもん、な日々。

最近、特攻隊を扱ったドキュメンタリーをみて、精神論が跋扈する世界というのは不幸だと思う。

明治維新で誰が好きかというと、勝海舟。第二次世界大戦の時代に彼がいたらもっと日本はよくなっていたかもしれないとは思うが、坂本龍馬がいても明治維新はあの程度なのだから、まあ、彼は途中で舞台を降りるが、歴史なんてものは一人の人物で流れを止められるものでもないのかもしれない。

精神論といえば、朝青龍である。
彼自身、甘い部分はあるが、別に精神的に優れていたから横綱になったのではなく、強いからそうなっただけである。なのに、横綱道、相撲道なんて言葉が脚光を浴びるのは、結局は相撲が、衰退しているからではないかと思う。

新渡戸稲造が「葉隠」をかいて「武士道」が脚光を浴びるのは明治初期、武士の衰退期だし、戦争に負けそうになると、ことさら、日本人精神が唱えられたりもするものである。

まあ、相撲協会だけが悪いのではなくて、21世紀は中国の時代だからというわけで、日本の影が薄くなるので、社会的ムードとして、お金よりも精神が優れていればよいのだ、というムードなのだろう。やっぱり、日本は衰退国家なのかなあ、と思う。
それも、困るような、困らないような、である。





2007.08.22 17:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

竹取物語

静岡の旅行の際に、竹採公園というところへいく。
地方私鉄の岳南鉄道にのって、比奈というところにある公園である。

富士市は、竹取物語の発祥の地、らしい。
子供のころ聴いた話には、富士の山が出てきていたから、富士山が見える地域の話なのだろう。

富士市の地方に伝わる話は、こんなのである。

月ではなく、富士山へ帰る。帝でなくて国司。というのが、富士市に伝わるかぐや姫の特徴である。
その物語を読むと、富士の山は黄泉の国であるという、山中他界であるとい印象をうける。
富士山の仙女ときくと、さぞかし美しいそうな響きではあるけれども、国司が自殺してしまうほどの醜さなのでしょう。さながら、黄泉の国でのイザナミとイザナギのような話を連想させる。

竹取物語の発祥の地は全国にいくつかあり、おそらくは、書物や伝承として各地に広まり、地域の伝承と重なり合って、いくつもの物語が生まれ、時間の経過とともに、わがムラの物語が始まりということになっていったのだと思う。

どこが、最初かなんていうのは、どうでもいいことではあるのですけどね。



2007.08.21 23:30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

蝉の墓場

よく、象の墓場というのがあって、という話を聞く。
象は、死に目をみせないと言われているそうだが、実際には違うらしい。


最近、私のお家の前は、蝉の墓場と化している。
きっと、夜に蛍光灯に誘われて、やってきて、あるものは蜘蛛に捕まり、あるものは、もともと弱って死んでいくのだろう。
朝数えたら、6匹の死骸があるのでした。

その中でも、時間の経ったものは蟻に喰われていくし、自然の摂理を感じるのでした。
こないだは、そんな蝉たちをねらっているのか、カマキリが半日ぐらい、玄関でねばっていたのでした。えさにありつけたのかしら?



2007.08.18 01:30 | いきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

終戦

言わずとしれた終戦の日。

14日15日と、静岡へ青春18切符を使って旅行。
お盆の帰省と重なって、東海道本線は家族連れや外人さんたちで混み合っていました。

静岡は、昔行ったことがあって、登呂遺跡に行った記憶はあるのですが、それも、はっきりとした記憶ではありません。
なので、登呂遺跡に行こうと思っていました。
でも、登呂遺跡は、目下工事中。
あまり、楽しめましせんでした。

あとは、静岡浅間神社に行きました。
裏山が、賤機山があって、そこから静岡市街が見渡せるとガイドブックに書いてある。
なので、せっせとその裏山に登る。こんなに暑いのに、お年寄りが一生懸命に登っている。それも、何人もいるのだった。
老人会かなにかのイベントでもあるのかな、と思っていた。頂上に登って分かったのは、静岡市の戦没者慰霊塔があることだった。そうか、今日は終戦の日なのか。

山というよりも丘であるので、登るのはそれほどきつくない。でも、暑い日に老人が登るのは大変だろう。それでも、登らねばならないのだろう。

慰霊碑の隣には、B29の墜落者の慰霊碑もあって、敵と味方に線を引きたがらない日本的な感じである。

そんな終戦の日だったのでした。



2007.08.16 00:48 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

友達百人できるかな

友達百人できるかなという歌がありました。
一年生になったらという夢と希望に満ちあふれた歌です。

私もとうとう、MIXI一年生。
ああ、一年生。高校三年生。

高校三年生は、この記事の本質ではない。

さて、ミクシーなんていうものは、私が最初にパソコン通信をやっていた、ニフティーサーブのフォーラムみたいな感じ。ある意味、パソコン通信への先祖帰りである。
まあ、2チャンネルみたいに、制御できない空間で楽しむのとは違って、一定の安心感を与えているという点が、優れているのでしょう。

SNSは、何個か試してみたのですが、AUの携帯で加入できるグリー、海外で絶対的人気のマイスペース。グリーは、閑散としている感じだし、マイスペースは英語が苦手な私には向かないし、音楽中心なので、音楽にあまり興味がない私には向かない。ミクシーは、日本語オンリーな私には、ちょうどいい。利用者が多いというのは、やっぱり強い。

などと、思うが、世界的潮流をみると、パソコン通信への先祖帰りなミクシーっていうのは、どうなんだろう、とは思う。パソコン通信的なおもしろさっていうのは、絶対にあるとは思うけど。

自称、不人気ブロガー、インターネット界の一匹オオカミ、としては、ミクシーのマイミクというのは、はっきり言って恥ずかしい感じである。
友達百人できるかなの世界のような気がする。
まあ、仮想社会でのゲームには違いないけれども。

そんなわけで、ミクシー版の日記も書いています。
テーマは、気恥ずかしい感じ。
絵文字を多用。初めてインターネット上で日記を書いている感じ。不特定多数への問いかけ、をテーマにしています。
まあ、そのうちに飽きそうな気がするけれども、ものぐる日記な私と、どちらが人気者になるのかとか思っているけれども、どちらも不人気なままのような気もしますし。

まあ、適当にやります。

今、静岡のホテルの無料インターネットで記事を書いています。どこへ行っても、インターネット。
ああ、インターネット。



2007.08.14 22:54 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

青少年健全育成条例

生きるためには、人はスーパーで買い物をせねばならないのである。
ありがとう、スーパー。ありがとう、大量消費社会。

さて、割引大好きなので、マンゴーを買う。

TS3B0081.jpg


うむ、である。
間違えるにもほどがある。
東京都だったら、青少年健全育成条例に違反しているのではないか。
県知事が、石原さんじゃなくってよかったね、っていう話なのである。



2007.08.13 23:37 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ファシズム

ファシズムなんだそうだ。

なにげに、参院選の報道を見ながら、ナチスドイツが独裁体制を築きあげる感じっていうのは、こういうものなのだろうなあ、と思うのでした。
まあ、どちらかといえば、ナチス的なのは自民党の方のような気がしますけどね。
ユダヤ人を、公務員だの、年金保険庁だの、郵政だのに置き換えれば、なんだか、そんな気がします。

なにげに、朝日新聞の言うプチ右翼やネオ右翼のブログを読んでいたら、参院選の結果は、ファシズムだって言うじゃありませんか。おお、同志。
彼ら得意の陰謀史観的なものの見方で、参院選をばさっと切っていました。
それらブログでは、左翼的なるものへの怨念に満ちています。
きっと、自分は学校の先生に馬鹿にされた=先生は日教組に支配されている=日教組は左翼=左翼は朝日新聞、という桶屋が儲かる感じで、自分は朝日新聞に馬鹿にされていると考えているのでしょう。

個人的には、左翼的なものっていうのは、現在の日本ではもう力を失っていると思うのですけどね。朝日新聞を読めば、新聞社の立場はそんな左翼てきなものではなく、もっと曖昧な日本的なものに支配されている気がします。左翼的思想力ではなくして、真空のような力が今の日本を動かしているような気がします。なんか、真空なんて、とてもうまく日本の現状を揶揄していると思います。

しかしながら、朝日新聞のどういうところが左翼的ではないのですかとか、真空って言うのはどういう意味なんですか、とかはきかないでください。適当に書いているだけなので。

自分も、政治的なことをブログでちょこちょこと書いているじゃないですか。
そういうこと書くと、なんだか偉くなった気がするのですよね。
いつも偉そうにしゃべっている勝谷雅彦や宮台慎司の気持ちがとてもよく分かります。なんて書いて、そうやってその二人よりも自分は上の立場になった気になっているんじゃないだろうか、って自問自答している毎日です。
まあ、自問自答なんかしていたら、何もかけないじゃないですか。
そうか、別に何も書かなくてもよかったんだ。
と、結論づけるのでありました。



2007.08.12 23:32 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

少年法

宇都宮へ向かう電車の中で、拾った週刊誌を読む。
夏の合併号で、スクープ記事よりも特集記事が目立つ。

そのなかに、近年の少年犯罪者の今、みたいな企画記事があって、十何人かの少年犯罪を起こした少年の履歴みたいな記事が載っていた。
これまで、私はどちらかといえば、再犯率などを見ると、一般刑法で裁かれた大人たちより比べようないぐらい低く、少年法みたいのものは必要と思っていた。

その記事を読んで、ちょっと心が動いた。
もしかしたら、少年法というのは、少年たちにとって残酷なものなんじゃないかと。
少年犯罪が羅列してある記事なわけだけど、各の少年犯罪の記事の最後には、贖罪は出来ているのかだの、反省の色はないだの、が書いてあるのである。
少年法によって裁かれるからには、贖罪の意識を持つことを強制される、ということなのだろう。それが、社会に戻るための必要最低条件だということなのだろう。

まあ、そうなんだろうけれども、贖罪だの、罪の意識だのというのは、他者が評価可能なのかというのが一点。一般の成人犯罪においては、刑期を終えることが社会に戻る条件であり、その刑期において、贖罪意識を植え付けるのが理想ではあるだろうけど、少年法によって裁かれた少年に比べれば、それほど、求められてはいないように思われる。

場合によっては、少年にとって、正当防衛的な意味づけがなされることもあろうし、正義の面をもつこともあろう、だからといって社会が赦す性格のものでもなかろうが、その場合、贖罪だのなんだのの意識を持つのは難しいと思う。
ただ、自分の行為について損得勘定ができるようになれば、いいような気がするんですけどね。

まあ、権力によって守られている少年犯罪者には、内面まで入り込むのは正義なのだろうけれども。



2007.08.12 08:47 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

宇都宮へ行く

我が住まいには、クーラーというものがない。
なので、夏は暑い。

家にいると、死んでしまうのではないか、というぐらい暑いし、料理をするとさらに暑い。
さらに、パソコンで作業をするのもかなり限界である。
パソコンは、冬場は、ヒーターとして最適だけれども、やはり、夏場は、どうしようもなく暑い。
暑くて、暑くてなので、家にいられず、何処かへ出かける。
案外と、外の方が涼しかったりもするものである。

青春18切符を買ったはいいが、まだ使っていないので、電車に乗って、宇都宮へ行く。
栃木県立博物館へ行ってみようというのである。

お昼前に家を出る、ゆっくるスタートだったので、宇都宮駅についたのは、2時過ぎである。
宇都宮といえば餃子、脅迫概念のように、餃子を食べねばならぬとばかりに、駅ビルの餃子屋で、餃子を食べる。いつも思うのだけど、うまい餃子というのは、どんな餃子なのだろうかと。

そんでもって、県立博物館までバスに乗るべき駅を出ると、レンタサイクル100円という表示があるので、レンタサイクルを借りることにする。
今流行の駐輪場で、自転車を貸してくれるというあれである。手続きを済ませ、早速自転車で、博物館へ。20分程度で到着。

私は県立博物館好きである。
県立博物館の何がいいかというと、自然史についての展示があるからである。
まあ、見学をして、博物館を出ると、夕立。
博物館の軒先で、雨宿り。
雨宿りなんて久しぶりである。

雨がやんだ後は、一路、家に帰ったのでした。

宇都宮の街は、いい感じである。
東京のベットタウンになるには、遠い。しかしながら、東京の影響を受ける地域で、独自性も出しにくい。宇都宮の人がきいたら違うというかもしれないが、力が抜けている街で、諦めている街のような気がする。
そんなさっぱりした感じの街だと思うのである。



2007.08.11 00:44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(4) |

明日死んだとしても

最近、葬式に2件いく。
仕事をしていると、歳をとっていくと、どうしても、葬式に機会は増える。

葬式に行くたびに、人の死に接するたびに、明日、自分が死んでもいいように、生きようと思う。でも、いつも、すぐにそんなことを忘れてしまい、生の中に埋没していく。

だめだなあ、と思う。



2007.08.10 00:27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

六本木と求愛

今日は渋谷で映画を見て、考え事があったので、渋谷から適当に歩きました。

東京駅方面に歩くのが、家に近づくためには必要なので、青山通りを歩き、途中から適当に歩いて、初めて青山墓地というものを見ました。タクシー運転手要注意の場所ですよねえ。
さすがに、周囲に六本木ヒルズとか、高層ビルが建っていますが、青山墓地は開発するわけにはいかなそうです。

そこから適当に歩くうちに尿意を催したので、六本木ヒルズに行けばトイレがあると思い、そこへ向かう。

さて、トイレに行って、外のベンチに座って、どうやって帰ろうか、携帯の地図サイトを見ていたら、足下にゴキブリがいるではないですか。私は、日本人一般同様、ゴキブリは好きにはなれません。でもゴキブリなんて、そのうちにサササーとどっかへ行くだろうとながめていたら、床がウッドデッキになっており、そこの隙間に一瞬入って、その後すぐに、もう一匹ゴキブリがその隙間から出てきました。
そのうちに、一匹が、もう一匹の前に前に来て、羽をばたつかせています。飛ぶのか、と思っていたら飛びません。そうこう、何回かそんなことをしているので、これはきっと、一匹はゴキブリちゃんで、もう一匹はゴキブリ君にちがいなく、まさしく求愛行動だと思ったわけです。

このまま、ここにいたら、ゴキブリの情事が始まってしまう。ちょっと興味深い気がしましたが、親の情事を見るのと同じくらいショックを受けるのではないか。私、人間様が全くもてないのに、もてない男の前で、ゴキブリが情事をするのかと思うと腹立たしくもあり、というか、ゴキブリは好きではないので、見たくないのでその場を離れたのである。

家に帰って、インターネットで東工大のごきぶりのホームページをみると、やはり求愛行動であった。
このページでは動画も見れるよ!
ゴキブリ日記はなかなかおもしろいです。ゴキブリっていうのは、すごいものなのね。

よし、ゴキブリに負けずに、がんばると、SPAの特集記事「[欠点が魅力な男]のモテテク大研究」をコンビニで立ち読みをするのでありました。





2007.08.08 00:05 | いきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

選挙の後に

戦後レジームを問う選挙は終わったのだった。

個人的には、晋ちゃんは、戦後レジームに最後まで足を引っ張られたのだと思う。
原爆発言なんてのも、あからさまな戦後レジーム的な考え方で、戦争に負けたのも仕方ない、そこからむしろ、戦争に負けてよかったのだ、みたいな、わりと戦争を経験した世代に共通する思想であると思う。しかも、アメリカ的な正議論に与した考え方を披露した防衛大臣を、晋ちゃんは、お前のような戦後レジーム野郎は即刻首だと判断しなきゃいけないのに、それが遅れた点で、戦後レジームに負けたのである。

たとえば、産む機械みたいなことも、戦後レジームであって、女性というのは、戦前であればたいていは労働力として組み込まれており、シャドーワークとよばれる家事育児をもっぱら専門的に行うようになるのは、晋ちゃんの大好きな集団就職で田舎から東京に人口流入した時代、職住分離が進められ、生活賃金という考え方が浸透し、女性が金銭を得る仕事をしなくてもよくなった時代、つまりは戦後体制が確立すればこその思想であると思われる。
職住分離が進まない限り、女性は家事育児をもっぱらとする存在とはなり得ない。農業や自営業は、夫婦協働が普通だろうし、それは、住職分離できていない政治家の妻が、選挙において大きな役割を果たしているのを見れば分かるだろう。

晋ちゃんが唾棄すべき思想であるはずだった、戦後レジームの体現する発言者を擁護せざる得ないという点で、首相の主張はぶれまくっている。

でも、晋ちゃんはぶれていないという。
個人的には、もっと勉強しないと、救いようがないと思うのだが。



2007.08.06 00:20 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

揺さぶりが足りない感じ

先日、映画の日に、映画を2本見る。
私たちの幸せな時間」と「アヒルと鴨のコインロッカー」である。

二つの映画を続けてみて、両方とも、「極悪人」が物足りないと思うのである。

私たちの…のほうは、韓国映画お得意のお涙頂戴物ラブストーリーである。ラブストーリー部分には、特に感想はない。あえているなら、最高のツンデレ映画である。今までこれ以上のツンデレを見たことがないと言っていいほど、ツンデレである。ツンデレ最高!と思うほどのツンデレである。
今更ツンデレも流行遅れかもしれないが。

制作者の政治的な意図は、おそらくは死刑ってどうなの?であろう。死刑というのは、言うまでもなく法治国家における権力者による殺人である。映画で登場する死刑囚は、情状酌量の余地がある人物として描かれ、死刑執行人の苦悩もわずかではあるが印象的に描かれる。そして、「愛国歌」が歌われる。彼を(同じ同胞として)、殺すに値したのか、と観客に思わせる。死刑反対というプロパカンダとしては、実に上手であるけれども、でも、死刑賛成者にしてみれば、世の中には死刑に値する極悪人もいるんです!という主張するにちがいない。
私の希望になってしまうけど、死刑囚をもっとどうしようもないような犯罪をし、同情に値しないような生い立ちを持ち、それでも、彼を同胞として、死刑すべきなのかを問う映画にすべきだったんじゃないかと思うのだ。極悪人でも、死刑は反対なのだと。極悪人でも泣ける映画だったら、満点だったのになあ。


「アヒルと鴨…」のほうは、日本映画で、仙台を舞台にした、今流行のご当地映画である。
仙台で先行公開され、地方初の映画として話題なのである。
結構、社会問題に切り込む感じで、エイズから、動物虐待、外国人差別等々の問題を取り込み、サスペンスものにしている。野心にとんだ映画だし、色々な伏線を最後には一つにまとめていく感じは、器用である。きっと、もっと、映画としてのパワーみたいなものを感じられれば、最高の映画だったと思うけど、それがなかったように思う。器用貧乏みたいな感じか。

ヤフーの映画レビューを見ると、総じて高評価なので、誉めてもしょうがないのでけなす。
色々な社会問題を扱う割には、極悪人の描写が甘い。少なくとも、同じ人間として、負と正の部分をもっと描くべきだったんじゃないだろうか。そうしなければ、映画としてのテーマは生きてこないように思う。極悪人だから、それも正義だぐらいのところでとどまってしまう。

劇中、よくわらない詩の引用があって、内容は、「女が、窓から見える雨に濡れている子猫がほしいといい、男が、その子猫をきれいにして女にプレゼントする。女は、雨に濡れた子猫が私はほしいの、こんな猫はいらないという。」という詩である。
私の想像であるが、社会的弱者は、同情に値するものであってほしい、という意味だろう。
結局、映画で登場する人物は、同情に値するという点でとどまってしまっていたように思う。むしろ、観客に同情から嫌悪へと感情を向かわせるべきで、最後に、観客を裏切らせる方向性を示すべきだったんじゃないか、居心地の悪さを感じさせるべきだったんじゃないかと思うのである。
極悪人をただ単に、極悪人と描写してしまうことが、観客の居心地の悪さを奪い、むしろ単純なカタルシスへと導いてしまったような気がする。

などと、自分が望む方向に、考えてみたのでした。



2007.08.04 21:10 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

簡単HP

Tさんのブログを見たら、GOOの簡単ホームページがサービスを終了するとか、しないとか。いや、終了するのだそうだ。

そのサービスは、私がインターネットで情報発信!という、今流行のあれをやり始めたサービスなので、感慨無量です。
昨今、ブログやらSNSやらで、ホームページが簡単である必要がなくなった、という時代の流れを感じさせます。web2.0ですよ、時代は。

なので、昔の自分の書いた記事を読んでいると、おもしろいのである。
いつも思うのだけど、自分の書いた記事はおもしろい。
なんで、こんなに不人気なのだろうと思うぐらいおもしろい。
そんなことを思うのは、現代人特有の自意識過剰、自己中心的性格であると、犯罪心理学の先生に指摘されそうな感じだけれども、簡単ホームページの日記を読み返すとおもしろかった。

あの頃の私の文章って、今よりもシンプル、思想もシンプル、すべてがシンプルなんですよね。
結局、同じことを色々シンプルじゃない形にして書き続けているのが、今のブログなのかもしれません。

あの頃の自分に戻りたい、なんちって。



2007.08.03 02:06 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(4) |

ビューティフルネーム

呼びかけよう、名前をすばらしい名前を

というわけで、ウサギちゃんが来るのです。
どこにっていうと、日本に。

台風情報
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/typhoon/typha.html
によりますと、今度来る台風5号のアジア名は、USAGIでして、ウサギちゃんなのです。
数年前から、台風にアジア名があるのは知っていましたが、あまり天気予報で使わないので、名前を意識したことはありませんでした。今回たまたま知ることとなり、興味深いので毎回調べようかと思います。

どうせいなら、もっと使って台風に愛着を持って、熱帯低気圧になろうものならば、ウサギちゃん死なないで!とみんなで叫ぼうではありませんか。

アジア名は、東南、東アジア諸国とアメリカで順番に名前を付けているみたいです。なので、北朝鮮の番もあるので国民感情を鑑みアジア名は使わないのでしょうかね。
ちなみに、ウサギの由来はうさぎ座だそうで、日本は星座好きみたいです。



2007.08.01 20:33 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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