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動物の冬

近所の猫が、にゃーにゃーと鳴いております。

寒い夜、猫は猫肌が恋しくなるものなのでしょうか。

さて、こないだ、大手町にマンモスを見に行きました。
愛知万博へ行ってないので、東京にもマンモスがくるということで、見に行ったのでございます。
くわしくは、こちらをみてください。

温暖化の影響で、凍土が溶けたりなんかしているらしい。
パネルには、温暖化ってよくないよねと書いてあるけど、この展覧会をするのに、冷蔵庫でがんがんマンモスを冷やしているので、その分、地球は温暖化するのではないでしょうかと思うのです。

まあ、そんなの温暖化に影響を与えるのは何億分の1よりも少ないのだとは思うのですけどね。

でも、これから、凍土からどんどんいろんな動物が出てくるのかなあと思ったりもするのでありました。
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2008.01.30 02:46 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

選挙

ツタヤが半額なので、何本か選んで持って行ったら、これは新作になります、といわれてしまう。
いかんせん、小心者なので、そんなこと知っていたモン、というふりをして、借りる。

それが、「選挙」というドキュメンタリー映画である。
川崎の市議選補選を描いた映画で、結構いろんなところで、評判になっていた映画である。

政治家になるには、どんなことをしなければいけないのかがとてもよくわかる映画である。出てくる人間は、みんなちっちゃな人たちばかりである。政治家だから、大風呂敷で、ガツンという感じの人間は出てこない。うちの会社にもこんな親父いるよな程度の人々の悲喜こもごもである。

ドキュメンタリー映画のいいところは、2000年代初めの日本の風景を後の時代に残せることだと思う。まあ、フィクションであってもそれはできるだが、20年後にこのドキュメンタリーを見ることが、個人的には楽しみであったりもする。でも、20年後にはおそらく忘れているのだろうが。

東京国際映画祭で、80年代の日本を舞台にしドキュメンタリー映画を見たが、その風景というのは、今からみれば違和感がある風景である。
だから、20年後から今の風景を見てみたい、と思うのである。



2008.01.25 23:32 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

コミュニケーション万歳

マナーの問題というのは、意外とお互いのコミニュケーション不足の問題なんだろうかと思う今日この頃、いかがお過ごしですか。

先日の日記に、人間の愛情は懐が深いのだと書きましたが、今日はその続きです。

東京の博物館や美術館の入場券がセットになった「ぐるっとパス」を購入したので、廻る日々。
新宿の初台にある、ICCというミュージアムに行く。

何も考えずにいったのであるが、企画展が「サイレント・ダイアローグ:見えないコミュニケーション」というのをやっていた。

展示室に入ったとたん、鳥の鳴き声がする球体がいつくも並んだ展示。
解説版には、作った人と作品名しか書いていない。
はて??
である。
あまりにも、何が何だかわからないので暇そうな学芸員が近くにいるので、「これは何を表現しているのですか?」と馬鹿な人のふりをして、聞く。
鳥の鳴き声を学習する機械で、一度鳥とがパソコンに入っていて、一台の機械を鳥を一緒にして、機械に鳥のコミュニケーションを覚えさせる。そして、その機械を他の同じ機械を何台も並べて、機械同士で鳥のコミュニケーションを学習させる試みだという。
一時間で学習は完了するのだそうで、機械同士であっても、各回の学習結果(鳴き声)は違うのだそうだ。(私の理解は正確ではないのかもしれないが)

あとは、植物に人間の歩行動作を体験させて、植物の変化をみる作品や、椎茸に電極をさして、生態電流を音にする作品など、つまりは、鳥や植物といかにコミュニケーションをとるか、という実験なのである。
植物とのコミュニケーションなんて、
ひところ、水に「正しい」声かけをするとよい水になるとか、植物にモーツアルトを聴かせると成長がよいとか、そんな話を連想してしまいますけれども、科学的にあれこれやっているのである。

いちいち学芸員に説明を求めて、作品を鑑賞。
この歳になると、若い女性と話す機会は減るから、楽しかった。植物ではなくて、若い女性とコミュニケーションがとれたのである。
まあ、それだけではなく、理解困難なもの、理解しがたいものをみるのは楽しい。
頭がシャッフルする感じです。

現代芸術というのは、なかなか楽しいのですが、これを機会に、空いている現代美術の展覧会などで学芸員に話しかけるということをしていきたいなあ、と思ったのでした。




2008.01.25 00:12 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

物質愛

一眼レフカメラを買ってから、価格ドットコムをよく見るようになり、そこに書いてある商品のコメントを読んで勉強している。

ある日、そんなカメラの掲示板に、私が買ったカメラについて、お店でさわってみたがそのカメラはダメダメなのだという内容がかかれていた。カメラを買った人たちが、コメントを書く掲示板なのだから、そんな意見が出れば、不穏な感じにはなる。

一眼レフみたいに、趣味の領域のカメラは、個人の嗜好がつよい。
カメラによって、いろいろ違うものらしいし、それを個性と呼んだりもするから、カメラ自体の機能はもちろん重要ではあるけれども、その個性が好きか、嫌いか、という問題にもなる。

自分が好きなカメラを闇雲に批判されたりもすると、なんだか、そんなカメラを買った自分が批判されているような気もするものである。

掲示板をみていると、最終的に、そのカメラのユーザーに謝ってくださいみたいなことを書く人も出てくる。ダメダメ発言の主は、批判したからってぐだぐだいうなよみたいなことを書いて、火に油を注いだりもする。

冷静に考えれば、なにも、カメラを批判したからといって、そのユーザーを批判しているわけでもあるまいにとは思うが、それは、恋人を批判されて怒る彼氏、みたいなものである。

人間の愛情というのは案外と懐が深いもので、男女間や同性間の恋愛感情だけでなく、家族愛から人類愛、さらには、ペットを愛してみたり、カメラまでも愛せてしまうのである。

人類万歳である。



2008.01.22 00:10 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |

先日、雪が降った。
雪が降った。

夜に、歩いていると白いものが降ってきた。

そうか、冬か。

東京みたいなところに住んでいると珍しい。

雪が降るの夜は、楽しいペチカ。

ペチカとは暖炉のことだそうである。

暖炉なんて、この温暖化の折、もうだめになりそうですが。

そう、こないだ雪が降ったんです。



2008.01.19 00:38 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

エロなまはげ

日本を震撼させたニュースに、エロなまはげ事件という大事件が秋田でおきた。

なにせ、なまはげは歳神である。神が、女湯に入って、女の裸にさわって何が悪いのだ、ということだろう。

前代未聞ということではあるが、まあ、時代が時代であれば、笑い話の程度であったろう。
昭和30年代とか、民俗学で調査している学者の話を聞くと、「何もないムラだが、女をどうぞ」とか、いわれたものらしい。都会から来た学者先生への田舎ももてなしがあったらしい。
おおらかであるともいえるし、とんでもない話ともいえる。

とんでもない話として、ギャオの無料番組で、「謎のセックス教団」というドキュメント番組を見る。秋田の湯沢にあるらしい。
秘儀を公開とあったが、肝心の秘儀が、とんでもないぐらいのモザイクで全く見えないのである。
子供の頃、皇太子が結婚をして、その結婚式の際に、何とかの儀、何とかの儀とか夜にいろいろな秘密の儀式があるので、なんかとてもいやらしい感じがしたのを思い出す。陰陽道とかそんな感じ。それは、「後宮物語」というファンタジー小説を読んでいたからかもしれない。
そのドキュメンタリーをみたかぎり、彼らは何か役割を演じているという感じがした。
もちろん、カメラの前であるからという要因はあるのだろうけど、何か、必死に演じている。そして、役割にとらわれている。

みんなで仲良くセックスするだけならば、別にどうということもないのだろうけれども、どうもね、教祖が、いちいち挑発的な感じが気にかかる点ではある。



2008.01.16 00:41 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

オッパッショ

徳島県といえば、狸である。
阿波の狸といえば、かなり有名らしく、江戸時代には、六衛門狸と金長狸の縄張り争い、阿波の狸合戦があって、累々の狸の死体の山が築かれたという。
単純に考えれば狸というのは、ある種の人間の比喩かもしれないけれども、江戸時代ということを考えれば、物語の一種なのかもしれない。

町を歩いていると、狸の祠が立っている。
その中の一つにオッパッショ石というものがある。オッパッピーの先駆けること数百年という感じだろうか。
P1050011(変換後)


P1050011(変換後)2


P1050011(変換後)3


名前の由来には諸説あるようだけど、「オンブの吉」という子狸の仕業らしい。

別の場所にある「お初大明神」という祠もあり、路傍の石な物語である。

P1040891.jpg


狸の仕業に違いない。



2008.01.14 02:56 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) |

人道とは何か

鳴門市といえば、渦潮である。
船に乗って、みたけれども、小潮といって、一番小さな渦潮しかみれない日・時間だったので、残念であった。
そんな渦潮の上にかかっているのが、本四連絡橋大鳴門橋である。

P1040948(変換後)


向こうにあるのが淡路島である。
私は、歩いて淡路島まで行く気まんまんであったのだが、残念ながら歩いてはわたれない。途中まで、遊歩道があるのだけれども、うえから渦潮をみることはできても、淡路島までたどり着けない。

P1110198(変換後)


鳴門駅から、大鳴門橋がある公園まで歩いたのだけれども、途中、トンネルがあって歩道がなく、嫌だなあと思ったら、人と自転車はこっちと矢印があって、いってみると、人道があった。

P1040928(変換後)


大鳴門橋は、人道的ではない。
まさに、人道問題なのだと思ったのでした。



2008.01.11 01:05 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

芸術の冬

徳島県の鳴門市を歩く。

大塚国際美術館というところへ行く。大塚製薬の文化事業でポカリスエットを飲んだお金が、こんなところでつかわれているのである。
入るかどうか迷ったけれども、鳴門市なんてそうめったに来ないところだろうから、入る。
入場料は3150円もする。値段なりには楽しめたようには思う。

世界の名画を写真でとってそれを陶板複製したものを展示していて、1000点あまりの名画を見ることができる。また、礼拝堂の絵画なども、礼拝堂を再現した部屋を用意して、同じように見ることができるのである。それは、それなりに、みどころである。
ちょうど、解説員の説明を聞きながら見ることができたので、キリスト教の文化を背景として絵画の歴史をたどることができたのである。

陶板画といえども、原寸大で触ることもできるし、けっこうきれいである。
まあ、芸術品の複製にイデアは宿るのかどうかは知らないが、まあ、本物を見たところで本物を見たという感動以外は、変わらないものかもしれない。
でも、こうも名画が並んでいると、ありがたみは薄れるのは、確かだろう。

西洋絵画は長いこと、宗教画であったので、「最後の審判」の絵を何枚か見る。
地獄の側の絵と天国側の絵どちらを書くのが楽しいのだろうかと思う。きっと、地獄側の絵のような気がする。
また、キリストは、よい人であるというイメージがある、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」とかいう人物である。
そんな人物が、最後の審判を天の上からマリアとともに、見守っている。
キリストって悪趣味のような気もする。

でも、考えてみれば、仏教の地獄絵もまた、上のほうに御釈迦さんが描かれているのだからそいうものは、古今東西同じといえば同じなのかもしれない。芥川の「蜘蛛の糸」のお釈迦様の気まぐれは、そんなとこから考えると面白い物語のような気もするのである。
システィーナ礼拝堂のミケランジェロの「最後の審判」を見ながらそんなことを思うのである。

まあ、そんな何千もの絵の中からどれがよかったのかといえば、マネの「フォリー=ベルジェール劇場のバー」でした。まあ、何でよかったのかはなんとなくでしかないけれども。



2008.01.10 00:44 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

1億円

お正月のお休みは、徳島へ行きました。

全国の都道府県制覇という隠された目標があって、これまで行ったことがない都道府県は、大分、熊本、高知、愛媛、鳥取、そして、徳島であったので、残り五県となった次第である。

とりあえず、県庁所在地の徳島市と鳴門市をみてきました。

さて、表題の1億円。
もしかして、年末ジャンボを買ったという記事を読んだ人であれば、もしかしてと思っているに違いない。まあ、そうかもね。

写真 1


阿波名物「ぶどう饅頭」のおまけに、なんと1億円札が入っていたのである。
なにを子供の駄菓子みたいなとお思いでしょうが、「初代が、創業当時より、守り札として作ったものでございます」である。なので、90年もこんな子供だましな「幸運券」がおまけとしてついてくるのである。考えようによっては、赤福顔負けの偽装だ。でも、天皇陛下にも献上されている銘菓なのである。

ちなみに、年末ジャンボは、10枚3000円買って、3000円と300円が1枚づつ当って、300円増えたのでまずまず。小さな幸せって感じです。



2008.01.08 00:17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

あけましておめでとう

というわけで2008年も無事に迎えることができました。

わたしなんぞは、1999年に来るはずだった、恐怖の大王が来るんじゃないかと内心恐れていたぐらいなもんでしてね。

というわけで、不人気だろうが今年もよろしきね。
そう、ごろしき。
そう、よろしくね。



2008.01.03 00:19 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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