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春一

春一番、っていう言葉は、おもしろいといつも思う。

夏一番や冬一番という言葉を聞かないし、春四五番とかも言わない。

そんな春一番は、電車を止めたりするし、女の子のスカートをめくったりもするが、まあ、そんな日にスカートははかないだろうな。

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2008.02.27 11:29 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

HDDVD

価格ドットコムの東芝製品のHDHVD製品の掲示板はおもしろい。

買った人は東芝を恨み、買わなかった人は、文句を言う人に文句を言う。

個人的には、HDDVDを買った人には、同情はするけれども、まあ、AV機器の世界ではよくある話だし、とは思う。
また、昔みたいに、牧歌的に経営ができない状況もあるから、飛ぶ鳥あとを濁さずとなろうし、まあ、それにより、安価に製品が手に入るということもあるとは思う。

でも、今のところ、わたしはテレビを見ないので録画しないし、DVDをみるぐらいで満足しているのである。それに、次世代DVDの高画質はすごいと言われながらも、無料ではあるがユーチューブやギャオの荒い動画で楽のしめているのだから、アダルト目的でなければ、目をこらしてみることはないから、そんなに高画質は必要ないのではないかとは思うのだ。



2008.02.26 02:22 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

悪夢

悪夢探偵という映画のdvdを寝る前にみたら、その夜悪夢をみる。

簡単に言えば、人を殺した、少なくとも夢の中ではそう思っている、ので、逃げる夢である。

たまに見る夢のパターンではある。
でも、その悪夢探偵という映画が、夢で人を殺す殺人犯を描いているので、そこでみた夢の映像が関係しているようにも思われる。

深層心理、などによれば、それなりに、意味はあるのかもしれない。

でも、それは知らない方がいいような気はする。



2008.02.25 00:45 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

蘇民将来の子孫

蘇民将来は、ポロリもあるよで、有名になった人物である。

蘇民将来は貧しい家であるが、身なりがボロボロな旅人に一夜の宿を提供して、災いを退け、ボロボロな旅人を断った家には災いがもろかぶりなお話を元にする祭りである。
ボロボロの旅人が、蘇民家の子孫末裔まで災いから守られるであろうという宣言をしたので、我が家は蘇民将来の子孫であるという、張り紙をしておくという日本の美しき日本の伝統文化である。

全国各地にこの伝説をもとしたお祭りがあり、一番有名なのが京都の祇園祭である。
京都で一度、その蘇民将来子孫とかかれた飾りようのちまきを買ったことがあるので、私なんかも、災いが退けられている。

でも、思うにだよ、それって嘘じゃないのか。
私の子孫が蘇民将来とつながっている保証はどこにもない。
第一名字が違う。
そんな、花咲じいさんの嘘つきじいさんみたいなことをみんな日本人はやっているのである。

そうか、これが有名な勝谷雅彦が口が酸っぱくなるぐらい言っている、偽装談合天皇制国家ってやつですかね。
とか、思うのである。



2008.02.19 01:24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

マーティーさんこんばんは

一昔前、マーティー之法則だかなんだかがはやった。

バレンタインにチョコがもらえると思っていればいるほどもらえない、みたいな感じである。ラジオで、チョコの原料カカオマスは、児童労働によって採取され、子供たちは搾取され、そんな子供たちは、一生、チョコレートは食べずに死ぬんだそうだ。そうだ、バレンタインにチョコがもらえないぐらいは、そんな子供たちに比べれば、たいしたことではないのだ。そうだ、チロルチョコをそんな子供たちに送ってあげよう、と思うのだ。

さて、最近、マーティーの法則としては、こたつを消し忘れた、と思って、家に帰ると必ず消してある。ということである。
こないだ、映画を見に電車に乗っていたら、こたつを消したか心配になって、家に引き返したら、消えていたのでした。なんども、そんな経験をしているのだが、たいがいは消えている。

賢い読者ならば、それは、家に小人さんがいるのではないか、ということを指摘するかもしれない。

でも、私は小人さんはいないと思うのだ。それは、消し忘れたときには、心配にのぼらず、家に帰ってきて初めて、消し忘れに気がつくのである。

でも、小人さんは、テレパシーとか使うので、ご主人様が心配ないときには、消さないのかもしれない。そうなると、迷宮入りである。



2008.02.16 22:53 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |

地球

「アース」という映画を見る。
地球の温暖化を憂いている人たちが作った映画である。
地球環境を守ろう!というわけである。

動物園の動物の姿とは、全く違って、生き生きライフなかんじである。
何キロもの移動をしてこその動物なのだ。檻の中では、死んだも同然なのかもしれない。
まあ、野生がすべてではないが。

映画で、肉食動物の補食のシーンで「食うか食われるかだ」と言っておりましたが、草食動物は肉食動物を食べないわけでして、「食われるか食われないか、食えるか食えないかではないか」と、重箱の隅をつつくことを思ったりしました。

判官贔屓なのか、どうしても、肉食動物よりも草食動物を応援してしまう。
生きていくための戦いなのは、どちらも同じなのに。
人間の視点、というか、私の視点は、環境保護とはほど遠い。

動物は、弱肉強食でなくて、適者生存。
この映画の主人公である地球は、あと数万年すれば人間は滅びると思っているのかもしれない。
だから、温暖化にしても、これまで地球が経てきた環境の変化の一部。
温暖化した地球に適した生き物が、また新たなバランスを作り出すに過ぎないのだろう。

でも、それを、人は許せない。
それだけは、確かだと思う。



2008.02.16 02:46 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

バレンタインの過ごし方

バレンタインということでありました。
クリスマスに続く、愛の日である。

なので、バレンタインにふさわしい過ごし方をしようとテレビをつけると、朝のテレビでは、蘇民祭の生中継してまして、ポロリもあるよ!という感じでした。

バレンタイン映画を見ようと、「ラスト、コーション」という映画を見ました。
性描写満載の問題の作らしく、ポロリどころか、脇毛もあるよ!という感じでした。
主演のトニーレオンは結構好きですね。
かっこいい、と思います。渋いですし。
女の方の主役タンウェイもなかなかかわいらしく、妖艶でもあり、いやらしさ満点でよかったですね。あんな体位やこんな体位をしてました。日本の映画ではなかなか見られない感じです。

内容は、孤独な魂が惹かれあうみたいな感じで、ああ、ああ、でした。基本的に、ハードボイルドな笑えない特命係長只野仁の女性版という感じでしょうか。

よい映画だと思うので、機会があればみてみてください。

では、では



2008.02.15 02:28 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

すべては、神話から始まった。

建国記念の日に、原宿でパレードを見る。
関東から神輿が集まって、お祭り騒ぎである。

とはいっても、なんだかがやがややっているだけでもあり、その神輿の本番からすれば、余興みたいなノリである。
一応、荒くれている感じではあるが、いかんせん、ひとつの神輿に対して、参加している人が多いので、みこしを担がない人は、のろのろと歩いている。人によっては、煙草をすったり、酒を飲んだりである。


みていると、そんな荒くれ男たちは、吸殻は道に捨てるし、飲んで缶は道に捨てるしである。伝統的には、祭りというのは荒くれ男とたちが、荒くれる場ではあるので、酒を飲んだりするのはかまわないのかもしれない。
でも、建国記念の日に賛成したがるような人たちは、日本人のモラルはとかよくいうじゃないですか。
個人的には、日本の伝統はそんなにマナーは良くないと思っているので、批判するのは微妙な気分ではあるが、建国記念日に賛成したがる人は、モラルの低下を見てどう思うのでしょうね、と思ったりもする。

関係ないが、昔清掃関係のバイトをしていて、そこで働いているおばさんと休憩時間にテレビを見ていたら、テレビで駅を清掃している人が「ゴミはぽい捨てないでゴミ箱に捨ててください」みたいなことを話していて、
「なにいっているだよ、ポイ捨てする人がいるからお前が職にありつけているんだろ」
みたいに言っていたのが印象的でした。

そのパレードの終わりに、神社関係者なのか、そのバイトなのかがゴミを拾っていたのだけどね。



2008.02.14 01:43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

建国記念とバレンタイン

バレンタインキッスという歌を聞くようになると、もう、建国記念日である。

いろいろと考えると、建国記念日とバレンタインは、日本の日本的なイベントである。

ふと、疑問に思って、各国の建国記念をどこに定めているのかということを調べる。どこの国も基本的には、独立した日やクーデターの日などであり、特異なのは、日本(紀元前660年、記紀における神武天皇が即位したとされる日)と韓国(紀元前2333年、建国神話において檀君が古朝鮮王国(檀君朝鮮)を建国したとされる日)ぐらいである。
まあ、韓国の場合は、植民地時代に日本から統治技術を学んだのだろうから、日本をまねた部分はあるだろう。

国立科学博物館の日本の暦についての展示に、江戸の暦には「皇紀」という言葉は出てこないが、明治に太陽暦を採用した最初の暦に「皇紀」という言葉が出てくる。
明治天皇の統治の正当性を、神武天皇に求めたという歴史的背景であろう。まあ、明治天皇自身の統治能力に自信があれば、大政奉還や王政復古のあたりを建国記念日にしてもよかったのだろうけど、当時のムーブメントがそれを許さなかったのかもしれない。
また、領土的には琉球処分をした日や、千島・樺太交換条約を締結した日でもよかったのかもしれない。もしくは、植民地を失った敗戦の日や、サンフランシスコ講和条約を締結した日でもOKだろう。

こう書いてみると、なぜ今日の日本までもが、特異な形の建国記念の日を必要としているのかということを疑問に思う。
韓国のアイデンティティは、反日の部分があるのだろうから、日本の建国記念日をまねて、日本より歴史的に優れている(ただ単に古くからあるということだけだが)という証明が必要だったとはいえるだろう。おそらく、日本が植民地支配しなければ、壇君まで歴史をさかのぼることはなかったと思う。

明治初期を考えれば、キリスト教文化よりも、歴史が古いということを国家神道が必要としたのだろうか。
もしくは、明治時代の西欧諸国は帝政や王政が多かったので、その国々がその王政の初代の皇帝などの即位日を祝うことを輸入し、しかも、歴史がキリストよりも古いという自己意識もつことを目指したのかもしれない。
案外と今の日本は明治期の意識から抜け出せないのかもしれない。

さらに考えれば、各国の独立記念日のように、自分の先祖が血を流して、もしくは、参加して、国を作り上げたわけでもなく、遠くのしかも神話の時代に何となくできあがってしまう日本という国に自己意識がもてずに、結果として国を愛せないことになるのかもしれない。

などと考えると、卒論の研究のテーマとしてはおもしろいのかもしれない。

まあ、よく政治家がふつうの国をめざして、軍隊を派遣しましょうというけれども、ふつうの国というのであれば、もっとふつうの国のように、現在の政体の直接的な起源のなるような日を建国の日を目指すべきなのかもしれない。

バレンタインもまた、お歳暮やお中元とつななる贈与の儀式という日本文化である。
起源を西洋に求めるところなんかもまた日本的であったりもする。

まあ、そんなところで、話が苦しくなってきました。
さようなら



2008.02.11 00:33 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ナスカ展

上野の国立科学博物館の「アンコール・ナスカ展」へ行く。

国立科学博物館へいくのは、十数年ぶりである。
まだ、旧館しかなかった頃に行っている。旧館のレトロな建物のなかにはいり、フーコの振り子をみると、とても懐かしい気分であった。

さて、ナスカ展である。
ナスカとは、あの宇宙人が書いたともいわれるペールの地上絵の文明である。
南アメリカの文明の特徴である、無文字文明で、文明の全容を知るには発掘調査や人類学の調査しかない。なので、謎が多いが、少なくとも宇宙人が地上絵を描いたわけではなさそうである。

謎の文明というのは、ロマンである。

なんとなく、インカ帝国などの新大陸の文明というのは、旧大陸の人々に制圧されたという歴史から、遅れた牧歌的な文明というイメージがつきまとうが、ナスカは、なかなか残酷な文明であったのかもしれない。
まあ、それは、インカであれ、マヤであれ、新大陸の文明に共通する要素ではある。

ナスカでは、首級が、社会を維持するために必要であったらしい。
生首である。
戦争で得た、敵の首級を丁寧に埋葬し、そこから、土地や生命が再生すると考えていた、と考えられるらしい。
ということは、土地や生命の再生を行うには、戦争が必要ということになる。

ナスカは水が少ない地域なので、厳しい環境の中で生き残るということを考えれば、戦争による土地の争奪というのは必要不可欠であったのかもしれないが、ある程度の領土を持つ統一的な国家なりが形成されれば、一時的であれ戦争の必要性はなくなってくるのが、日本の歴史であったり、西欧の歴史であったりもする。

ナスカ文明が700年程度続いたことを考えれば、700年間戦争に明け暮れたというのは、想像しがたい。であれば、社会を維持するために、首級を得るために戦争が儀礼的におこなわれ、生け贄として捧げられていたのかもしれない。

でも、もしかしたら、いまから千年後、現代社会は、経済的に軍事産業を維持するために戦争を行っていたと思われるのかも、と思えば、ナスカも今もそうかわらないのかもと思ったりもする。



2008.02.10 01:34 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |

山形郷土館

温泉地に行く前に、乗り換えの時間があったので山形市内を少し見学。

山形城が公園になっていて、もっか工事中。
県立博物館や山形市郷土館(旧済生館本館)をみる。

済生館は、昔の病院である。明治時代に造られた建物で、内部は、明治期からの病院関係の資料などが並んでいる。洋館好きには、たまらないスポットであろう。

P1050306(変換後)(変換後)

P1050310(変換後)(変換後)

おもしろかったのは、皮膚疾患の解説書のコピーで、医者が描いた絵がリアルで、今であれば写真で撮るのだろうけど、精密な医学の絵というのは、なかなか興味深いのであった。
また、江戸時代などの疱瘡の浮世絵や、明治期の女性向けの性教育の浮世絵などが展示してあって、おもしろかったのである。

地味ながら、なかなか興味深いスポットなのでした。



2008.02.08 01:28 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

雪を見に行く

土日は、仕事が休みであったので、冬だし、雪でも見に行こうと山形県にある肘折温泉というところへ行ってきた。

自分の背丈ほどの雪が積もっているのをみると、ああ、雪国だと思う。
でも、そんな雪をみている間に、東京でも雪が降っていたのだという。
ふゆになれば、肘折温泉はいっつも雪景色なのだろうが、東京の雪景色の方が珍しい。
でも、それはそれ、これはこれである。
雪深い、温泉宿でのんびりするというのは、なんだか、いいものである。
まあ、のんびりもしていないのではあるが。

肘折温泉は、旅館が十数件で構成されているコンパクトな温泉場である。
肘折温泉全体で、収容者数は1600名程度だから、関東最大のホテルニュー塩原の1800人収容よりも小さい。

秘境と呼ぶには、大きすぎるし、観光地というには小さすぎる、そんな温泉地なのである。
旅館の人に、食事の時に飲むビールとかは、外の売店で買ってきて冷蔵庫で冷やしておいてください、といわれたりする。その旅館に自販機もあるのだが、外の方が安い。なので、そんなことをいうのだろう。それは、この温泉地が湯治場として栄えたし、今も自炊している湯治客はそれなりにいるらしいので、旅館内だけで儲けようとしないことにつながっているような気がする。共同浴場や、生活用品店兼土産屋と旅館が共存できるというのは私としては理想的な温泉地である。

こんな場所でのんびりと温泉に入って、日がな一日過ごすような湯治がしたいと思うのだけど、それをするにはまず病気にならないといけないと思うのでありました。



2008.02.05 23:06 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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