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適当に(その1)

さて、八重山シリーズも適当に参りましょう。

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波照間の交番。
場所が一目瞭然。
石垣島はそうでもないけれども、離島では、シートベルトはつけなくてもいいらしい。
港に、警察官がいて、地元の人と穏やかに話しているけれども、観光客の送迎の車でシートベルトを着けている人はいない。
東京では、そんなにやかましいのに、である。
東京と法律が違うのかもしれない。
まあ、狭い島である。そんなに、急いで運転する必要もないし、スピードが出せる道路があるわけでもない。そもそも、急がなければいけない用事なんて者はなさそうである。
車に乗っても牛馬のごとくである。

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竹富島の美女クヤマのおうち跡である。
この美女さんは、歌になっていて、八重山では有名みたである。
物語は、琉球から来た高官が美女クヤマに恋いをして求婚するが、竹富を離れたくなかったクヤマは、賢かったので、「あなたとは身分が違います」といって、求婚を退けるという物語である。
その理屈が通用するのであれば、竹取物語は成り立たない。
八重山や沖縄のおおらかさなのかもしれない。

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与那国のヤモリ。
沖縄は、ヤモリがいっぱいで、害虫を食べてくれるので、家の中にいても気にしないのだそうだ。民宿のヤモリであるが、2泊して2泊とも夜になると窓にひっついていた。我が家のオニグモくんと同様に、光に集まる虫が狙いであろう。
夜の石垣の町を歩くといっぱいヤモリがいて、おもしろかった。

それから、写真はとれなかったけど、石垣島の野原沿いの道を夜に歩いていたら、蛍がいた。生まれて初めての野生の蛍。でも、本州みたいに、蛍がいる川だとか、そんな説明書きも看板もなく、ただ、蛍がいるのであった。自然がいっぱいなのだ。
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2008.10.24 03:38 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) |

戦争と

P1100336.jpg


先島諸島は、平和そのものである。
海は青いし、牛馬はのんびり、人間ものんびり。
そんなことを思う。米軍もいなければ、自衛隊さえいない。
まあ、与那国は、町おこしのために自衛隊を誘致しようとしているらしいけど、今現在国境というほどに、軍隊はいない。対馬や稚内などとは違う感じがとてもする。

石垣で古い民家を訪ねたら、お兄さんどこからきたかと、古老に聞かれる。
千葉からと答える。
それから、古老は、戦争中、千葉の柏の駐屯基地に配属され、中国大陸や南方の戦線に派兵されたことを話し始める。
詳しく、どんな戦争だったかという話ではなく、そんな厳しい戦いに派兵された若者は、東北や北海道、沖縄なのどの貧しい地域のものばかりだったこと、そんな話である。
たぶん、豊かな者は、そんな地域には派兵されず、貧しい地域のもの達が、死んでもいいような者が、戦地に向かわされたのだと言うことを語っている。おそらくは、主観的なものも含まれているのかもしれないが、弱い者の嘆きとしてはとてもよくわかる。


第二次大戦では、沖縄本土は、上陸戦の舞台であったが、八重山は激しい空襲はあったが、上陸作戦は展開されなかった。

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波照間にある学童慰霊の碑
この碑の意味は、戦中、波照間などの八重山諸島の人々が、西表に強制疎開させられたということに基づく。別段、学童疎開などは本土でも珍しくはなかったろうけど、この疎開は、西表のマラリア発生地域に移住させられたという物語である。そんな歴史を戦争マラリアという。

石垣島の「八重山平和祈念館」というところへ行く。
戦争マラリアについて展示してある。
竹富の人たちも人頭税の関係から江戸時代頃には西表のマラリア発生地域に稲作をしに行っているけど、決してその地域では夜を明かすことはせず、マラリアが発生していない近くの島で寝ていたそうであるから、当時、西表のマラリアの危険性は八重山の人であれば、よく知っていたに違いない。
でも、まあ、戦争に負けるような軍隊であるから、戦後、そんなことは知らずに、安全のために西表に疎開させたと軍隊組織は言うのである。
一説によれば、波照間などの牛馬を軍隊の食料とするために波照間の住民を疎開させたともいわれている。与那国は戦中はマラリア発生地域であったが、強制疎開はされていないので、マラリアのない地域を軍事的に便利に使いたい思いがあったに違いない。まあ、与那国にしろ、空襲で山などに逃げれれば、マラリアの危険は大きく、やはり多くの人が戦争マラリアで亡くなったそうではあるけれども。


沖縄を巡る問題で、昨今、集団自決は軍部が指導したかということが多く取り上げられ、戦争に負けるような軍隊は、まあ、責任なんかとりたくはないだろうし、同じ日本人として当時のムード的な空気のせいにしたがるのもよく分かる。戦争マラリアにおける裁判なども、結局は、軍隊組織の責任はないとされてしまうし、責任もとらないような無能な軍隊というのは害悪以外のものはない。

沖縄と戦争という問題は、かなり根深いと思う。
沖縄の人々にある、琉球と大和という区分。大和の戦争に参加し、経済的な利益を得た部分もあるのだろうけれども、大和の軍隊によって、多くの人が失われたという意識。
それは、無理からぬところだろうし、中国や韓国のように、そんな過去をふんぞり返って唱えてもいられない。だって、中国や韓国からしてみれば、沖縄も大和なのだ。



2008.10.18 02:04 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ヤドカリ天国

波照間の海はきれい。
与那国は、浜辺が少なく、特に浜辺に近づくことなく、去ってしまったので、その後、波照間の海を見たら、沖縄の海はやっぱりきれいだとは思った。
その後、竹富島へ行ったら、本州の海よりも数倍きれいなのだけど、波照間の海を見てしまうとそれほどでもない、と思った。
天気などもきれいさの尺度には影響するからそんなに違いがないのかもしれないが、波照間の方が遙かにきれいあった。やっぱし、南の楽園なのだった。

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でも、そんな波照間のおすすめスポットは海ではなく、ぶりぶち公園。
昔の城(ぐすく)あとである。公園というにはベンチには木が覆い被さっているし、樹木は、ぼうぼうで日当たりは悪いしである。一応、道みたいなものが、樹木の奥に続いているので行ってみる。すると、ぼて、と音が。

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はて、とびっくりするとヤドカリがいる。
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ヤドカリは、人が近づくとさっと、身を貝の中に隠す。すると、自然と、コロンと貝が転がるのである。
森のなかにヤドカリ。詳しくは知らないけど、木に登るヤドカリがあると聞くからそんな種類なのだろう。それにしても、大きなヤドカリであった。
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海辺には、小さなヤドカリがわんさかいる。海辺を歩いていると、ヤドカリが次々にコロンとし、まるで、だるまさんが転んだをしているようでもある。
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蟻さんと、蟻さんがごっつんこ。
なぜか、すれ違うヤドカリ同士近づいてなにか情報交換をしているよう。

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ちょっと変わった貝を借りているヤドカリ。

竹富島のヤドカリ。
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竹富でヤドカリを見てもやや食傷気味であったが、磯の石をひっくりがえすとびっしりヤドカリ。本物の貝は数匹程度で案外と少ない。
浜辺を歩いた限り、ヤドカリ>貝である。まあ、貝は、海の中に結構いるのかもしれないが、よくもまあ、ヤドカリは宿にできる貝を探し出せるものだと思う。

貝が死んでも、背中の巻き貝はヤドカリの役に立っているのです。
臓器移植みたいなものだと思うのである。



2008.10.16 01:11 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

共存

与那国へ行くときは、石垣から飛行機を使った。
飛行時間は、20分程度。飛んで、上って、落ちる、みたいな感じである。

帰りは、船で石垣まで4時間半。
いろんな船に乗ってきたけど、結構揺れた。
小型のフェリーで、揺れるとよろける程度のゆれであり、バイキング気分である。
やや船酔いはあったけど、船はいいなあ、と思うのである。

船と平行して、海鳥が飛んでいた。
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なんという鳥かは知らないけれども、よく見ると、フェリーに驚いて飛び出したトビウオを狙っているらしい。海鳥にとって見ればフェリーが餌場なのだ。フェリーがなければ、餌にちょっと苦労するに違いない。
フェリーは外洋をゆくのであるが、そのうちに、島と島の間の海域になると、自然と、海鳥はいなくなり、トビウオをみることもなくなった。海鳥っていうのも賢いものである、

トビウオというのは、海の中の天敵には、効力を発揮する羽だけれども、鳥には案外と弱いものなのだ、と知った。

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波照間の貯水池にいた鳥。セイタガシギという鳥らしい。
水辺の貴婦人と呼ばれている。別段、石垣でなければ見れない鳥ということもなく、千葉県でも越冬しているそうである。絶滅危惧種であるので、めずらしいはめずらしいらしい。

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これも波照間。シギの仲間かしら?夫婦かしら?

シギは渡り鳥なので、どっかへ行くまでのひとときを過ごしているのでしょうね。



2008.10.15 00:58 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

コトー先生

私は、るるぶを買うまで知らなかったのであるが、与那国は、ドクターコトー診療所の撮影場所だそうだ。そんなわけで、撮影のために建てたコトー先生の診療所がある。

まあ、ドラマを見ないので、離島医療のドラマという程度の知識しかないが、観光名所なので行った。意外と混んでいたので、コトー人気は健在なのか。コトー先生は、北海道から沖縄まで幅広い活躍である。
そんな診療所。
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本当の離島の診療所は知らないけど、すごくそれっぽい感じ。

コトー先生のテーマソングは、中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」。
与那国で見つけたそんな龍。
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でも、近くで見るとそれほど龍でもなかった。

コトー先生が、自転車に乗っている道を同じく自転車で行く私。
すると、草むらでごそごそ音が。
のぞくとカニが出てきて威嚇。
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後ろにいるメスを守っているのだろか。
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誰かさんと、誰かさんが麦畑
チュウチュウチュウチュウしてるよ、いいじゃないか
僕には恋人ないけれど
いつかはだれかと麦畑

という感じ。麦畑ではないけれど。



2008.10.13 00:21 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

アヤミハビル

与那国には、与那国の人がアヤミハビルと呼ぶ世界最大の蛾がいる。

イメージ
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興味のある人は、ヨナグニサン自然ふれあい広場 アヤミハビル館のページを見てください。

昔の子どもの遊びで、アヤミハビルの大きさを競うという遊びがあったそうで、それほどに、身近な蛾なのであるが、成虫はあまり移動しないし夜行性であるしで、お目にかかることはなかった。アヤマハビル館にいって、標本を見たぐらいなのだった。

与那国は、離島であるので固有種が多く、また、台湾から風に飛ばされて蝶が飛んできたりもするらしい。

発見した蜘蛛。手のひらほどの大きさ。オオジョロウグモという蜘蛛らしく、日本最大の蜘蛛だそうだ。大人のブラックである。
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蛾も大きければ、蜘蛛も大きい。
南国なのだった。
オオジョロウグモは、奄美以南でみられるとのことだから、与那国の固有種ではないので、沖縄であれば珍しくもない蜘蛛なのかもしれない。
でも、大和の人には珍しい。

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捕食しているオオジョロウグモ。
与那国の西の方では見かけなかったのだけど、東の方ではよく見かけました。
西と東で何か違うのか、それとも、狭い島なので、ただ、西を廻った時は台風の影響で風が強くて蜘蛛の巣が張れなかっただけなのか、とも思う。

インターネットで、いろいろ検索すると
すごい写真があった。
アヤミハビル館の専門員のブログ
鳥を捕食しているオオジョロウグモ。
よっぽど丈夫な蜘蛛の巣なのですね。
蜘蛛っていうのは、生き物の何を食べているのかなあと思うのですが、生き物っているのは、昆虫も脊椎動物も、身体を構成しているタンパク質やら、なんやらは、栄養素としては同じようなものなのかなあ、と思う。昆虫と我ら高等な脊椎動物様は、何か根本的な違いがあると思いがちですが、オオジョロウグモにとっては、何ら変わらない。そんなオオジョロウグモ、ちょっと恐い感じもします。

今年は、オオジョロウグモが多いとのこと。
だから、たくさんいたなあ。



2008.10.12 01:29 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) |

牛馬

牛馬、で、ある。

石垣牛は、高級牛肉として有名らしい。
なので、食べてみようと、ホテルにあったレストランの石垣牛のコース5000円也を食べる。
そのコース料理の魚が、ナイルパーチというのに、驚いた。おいしかったけど、5000円のコースでアフリカ淡水魚のナイルパーチですか。弁当の白身魚ですか、と思うのだけど、声には出さず、まあ、おいしかったからいいのだけど。
石垣牛は、まあまあ、5000円払って食べるものではないかなとは思った。
まあ、違いが分からない男なのである。


竹富の牛。
毎日、人を乗せて歩く。それも、また人生、いや牛生であろう。
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与那国の牛。
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親子牛である。牛の耳にピアス。なんかのことわざにならないものかと思う。


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与那国の牛。のどかだ。
牛の周りには、なぜか白い鳥がいることがおおい。
牛の何か、飛びまわる虫か、糞か、がねらいなのだろうが、わからなかった。

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波照間の牛。
沖縄の木のもとで日よけをしてるのだろう。
与那国の牛は、日よけをしている感じもなかったから、波照間的な風景なのかもしれない。
少なくとも、大和的ではない風景である。


次は、馬である。
与那国馬。日本在来馬8種のうちの一つだそうだ。
在来馬で思い出すのが、下北の寒立馬なのだったが、寒立馬は、在来種と外来種の混血ということなので、その8種にはいらないそうである。
与那国馬は、小型の馬で、なかなかかわいらしいと思う。
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与那国馬。
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与那国馬。
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写真というのは、アップで撮れば、それなりに絵になるものだと思う。
与那国は、馬を岬などで放し飼いしていて、牧場も多く、牛馬好きには楽しめるところだと思います。

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最後に、与那国馬のヒップである。



2008.10.10 23:58 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

山羊

先日イヌガンについてかいたけれども、インターネットで調べたらおもしろかったのがこの記事
ティンダハナタが風葬の地であった、という点が興味深い。
私がのんきに風に吹かれた地が、そんな場所であったと知っていたら、また、見方は変わっていただろうと思う。


さて
沖縄といえば。。。山羊である。

与那国で一番はじめにあった山羊。
学校の校庭に住んでいるオス山羊である。
おお、山羊だと思う。
山羊は体が柔らかいのだ。
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そして
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棒が伸びて、ぺろり。
体が柔らかいのは便利だ。
そして
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次の瞬間棒は引っ込む。


さらに、波照間。
山羊だらけである。
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一番キュートだった山羊。
前髪がかわいい。西洋風である。
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同じく、波照間。ノアの方舟である。
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写真ではわかりにくいけど、結構な急斜面にいる山羊。
ヒモが結んである場所からして、ここにいろということらしい。
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せっせと、草をはむ。
彼の仕事は、草刈りということらしい。

沖縄は、ハブなどの毒蛇がいるから、草刈りはきっと重要だ。
まあ、波照間や与那国には、ハブはいないのだけど。
山羊は、便利である。



2008.10.09 22:49 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(2) |

人頭税

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人頭税時代、妊婦が飛んだといわれる裂け目。久部良バリとよばれるところである。
なんでも、琉球王朝時代の税制である、人頭税が一人頭の定額制の税制だったので、人口が増えると、島の税額が増えるので、口減らしのために、妊婦がこの裂け目で飛んで、うまく生き残ったものにのみ出産の権利を与えるというものである。飛び越えても、尻餅をついたりして、流産する可能性も高かった、ということである。

そのほか、トゥングダという田んぼがあって、そこに、銅鑼が鳴ると男性は走って行かねばならず、時間に間に合わないと殺されたそうである。説明では、老人や障害者などを排除する方法であったという。
人頭税にまつわる悲劇の物語というのは八重山諸島には多い。

でも、思うに、現実に、妊婦を裂け目に落とならば、江戸時代や現代でも多く行われている堕胎や間引きをすればいいのではないかということである。ある程度の産児制限をすれば人口は抑えられる。共同体として、崖に落としたり、間に合わない人を殺したりしていたら、そんなところには誰も住みたがらないし、共同体は維持できないだろう。

竹富島の資料館の人が、人頭税の説明をしていたけど、人頭税は、1637年から1903年まで続いた税制である。教科書で習った奈良時代の律令の税制に近い感じで、各人々の年齢と村の石高を加味して税額を決めていたわけで、かならずしも一律という基準ではない。また、老人、子どもは免除され、初期の段階では課税されていた障害者ものちに免除対象となっている。ある程度の柔軟性をもった税制であったとのことらしい。

しかし、1873年の明和の大津波によって、八重山諸島が大きな被害を受け、田畑の流出、人口も減ったにもかかわらず、村としての税額が維持され、一人頭の税額が増え不満が増大したとのことである。明治に琉球処分で日本に編入され、税制は維持されたが、人頭税廃止運動が起き廃止される。

個人的には、人頭税廃止運動のなかで、いかに人頭税が過酷であるかという点が強調され、伝説が強化された面はあると思われる。またマルクス史観的なものの見方もあるとは思う。

また、人頭税が過酷であったにしろ、税金というのは、いつの時代も払いたくないものであるし、生活費がまかなえなかったり、税金が払えなかったりで生じる悲劇も今日でもあるわけである。



2008.10.09 01:21 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

犬の話



与那国の犬。漂着したのかシイラかなにかを食べている。


与那国のお気に入りのポイントは、ティンダバナと呼ばれる高台。
昔、女酋長が、庵を構えて、与那国を治めていた場所とされる。
その女酋長さんは、外敵から与那国を守ったりし、よく治め与那国の英雄である。
女王様気分で、しばらく、与那国の集落を眺めて過ごしました。
観光客も少なく、風も心地よく、ぼーっとするにはよいポイントです。

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そんな眺め。


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ティンダバナには、イヌガンと呼ばれる場所があってこんな伝説がある。
犬と女の物語である。江戸時代の創作であるが、南総里見八犬伝を思い出す。
まあ、子どもの7人は、犬と間の子ではないから、八犬伝とは違うが。
インターネットで調べると、犬婚の伝説は儒教的な意味合いが強いそうだから、一度契りを交わしたのであれば、犬であれついて行かねばならないのだろうか、などと考えて見るもあまり教訓的なものがない伝説のような気がする。
伝説として、その7人の子どもが与那国の人の子孫となっているともいわれているから、犬を殺したという原罪みたいなものを与那国の人々は必要としたのだろうか。


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ティンダバナに咲いていた彼岸花。
先日、台湾映画で地獄の道筋に咲く花として、彼岸花が出てきたと書いたけど、その台湾の彼岸花は、黄色かったのが印象に残っていた。台湾映画で見たのと同じだ、ということに妙に感動したのだった。

そんなことから、台湾と近いのだと思うのだった。



2008.10.08 01:36 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

帰ってきたのだった

P1020031.jpg

石垣島の犬。

帰ってきました。
今回は、八重山諸島を巡ってきました。
具体的には、与那国、波照間、石垣の市街地、竹富の4つの島にいきました。
前回、国境の島対馬に行ったので、国境シリーズとして、与那国に行きたかったのでした。
台湾との国境の島、日本の最西端なのでした。
波照間は、最南端。
個人的な印象では、最西端のほうが、好みでした。

東京に住んでいると、西をイメージする地域は、関西や中国地方までで、とてもじゃないが、与那国まで思い至らない。まあ、与那国はどちらかと言えば、南のイメージ、まあ、南は南なのだが、最西端。最果ての南の楽園、波照間と比べれば、最西端はインパクトが弱い。
私は、そういう中途半端さが好きなのだと思う。

八重山諸島は、日本の南でもあり、西でもあるので、夕方が遅い。
そのせいか、小さな商店なども、22時頃まであいていたりする。
田舎を旅すると、19時頃には、お店が開いていないことがおおいので、生活時間が違うのだと思う。かといって、朝が遅いということもなくて、東京とそんなに変わらないペースで起きているような気がする。働き者かというとそうでもないような気もするから、だらだらやっている感じ。
だらだらなのだと思う。



2008.10.05 21:03 | 旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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