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日本の一番長い夏

日本の一番長い夏という映画を見る。


戦後、1963年に行われた、終戦に関する座談会を映像化したものである。
一応、映画のテーマは、戦争の経験をバトンしつなぐということなのだけど、それ自体、この映画とはあまり関係がない気がした。別に、映画にしなくてもいろんなところでいわれていることだし、それは正しいことになっているしね。


劇中「お山の杉の子」の歌がでてくる。知っているようで、あまり関心がなかった歌であった。
戦中と戦後で、歌詞をちょっこと書き直して、戦中は日本のために戦地に行くみたいな歌として、戦後は、経済発展や民主主義的な価値観に書き換えて、歌い継がれたというのがこの映画のポイントなのだろう。
戦中のある種の精神性は、戦後もそのまま引き継がれたのだ。当たり前なのだけど、戦中と戦後は、地続き。GHQをしても、戦後の個人主義的といわれるような教育をしても、その精神性は変わらなかったのだろう。


劇中、沖縄戦について、沖縄の人たちには申し訳ないというニュアンスで「本土決戦をしていたら沖縄と同じ犠牲が。。」という台詞に、この人は当時、沖縄は守り抜けると思っていたのだろうか。そもそも、沖縄は本土じゃないという認識なのだ。今日の基地問題と地続き感があった。


終戦を巡るやりとりも、陸軍のクーデターを恐れて、ということが強調されるけど、陸軍側から特に、それについての言及がなされない。映画の構成のミスなのか、座談会の結果なのかはわからないけど、それについて陸軍側の反論は必要だったろう。

確かにクーデター危険性はあったということはよく言われるし、15日に将校による未遂事件はあったけど、陸軍を過大評価している様な気がする。むしろ、政治的に過度に陸軍に配慮した、そして、原爆の犠牲を止められなかったという罪悪感から、過度に陸軍のせいにしただけなんじゃないかとさえ思う。
そして、それを前提に、お互いに広島や長崎に原爆は落とされたけど、当時とり得たベストな選択だったね、とお互いに傷を舐めあってるだけなんじゃないか。
空爆は、天災みたいなものと感じたいう言葉にも、アメリカの残虐行為であるという認識以前に、日本人の当事者意識のなさを感じた。案外と、だれも戦争をしている当事者意識がなかったのかもしれない。連合国の経済封鎖の結果
戦争していたに過ぎないのかもしれない。
問題が大きくなればなるほど、思考停止になってしまうというのは、案外と、今日の政治とあまり変わりはないのではないか。


あと映画をみての疑問は、ポツダム宣言の「黙殺」表現が、原爆投下へとつながったということは否定されるけど、朝日新聞は悪くないということであっても、早めに受諾していれば、原爆投下命令の正当性がなくなるんじゃないのかなあ、と思う。通信技術だって、それなりにあるのだし。まあ、ポツダム宣言は簡単に受諾されないというアメリカ側の読みは、あったのだろうけど。


やっぱり、日本の政治家とか官僚って上げ調子のときはいいけど、落ち目なときってダメだよね、というのがわかったのはよかったかな。企画としてはおもしろいけど、映画というよりは、テレビなんだよね、仕方ないけど。


そして、制作は反日的といわれるNHKが関わっているけど、なんか甘いなあという印象。もうちょっと毒があっても。まあ、右翼や安倍さんは怖いよね。




2010.08.15 02:40 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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